弱肉強食
とある鉄橋の橋桁付近。
ダンボールやブルーシートで、住居を作って住んでいる人々。
いわゆる「路上生活者」が、年々増えているという。
その路上生活者に言わせれば、「生活保護が受けられます」「安定した生活が送れるようになります」って、ビラを配る人が来たり、インタビューをさせてくれって大学のエライ人が来るという。
しかし、「ここから出て行け!」と言わんばかりに、目を離した隙にブルーシートやダンボールの家は壊されるし、荷物もどこかへ持っていかれて捨てられてしまう。
こんな矛盾のある世の中が嫌でしょうがないと話す。
そして、僕のようないじめにあっている小学生や中学生。
「死んだ方がいいじゃないか?」
毎日そんなことを思いながら、いじめに耐えている。
他のクラスでは、いじめに耐えきれなくなって自殺した子もいるし……。
ここ数年。
路上生活者や、いじめに遭っている小中学生が、突然消えるようにしていなくなるという事件が起こっている。
……いなくなった彼らは、どこへ行ったのだろうか?
「……ここはどこ?」
僕が目を覚ますと、いつもとは違う光景。保健室……違う、病院のベッドに寝ているみたいだ。
「おはようございます」
僕の寝ているベッドの横にいた、アンドロイドの看護師がそう挨拶する。
そして、何故僕がここにいるかを、簡単に説明してくれた。
「あなたは、とある機関に『保護』されたのです。もう、いじめられる心配はないですよ」
「ここは、どこなのですか?」
「機関の持っている大型客船の中です。あなたと同じように『保護』された人達がいます。この客船の中では、嫌なことを全部忘れて、のびのびと過ごしてくださいね」
「あの……どれくらいの期間、ここで過ごすことになりますか?」
「それは、私には分かりかねます」
アンドロイドの看護師は、そう言って部屋を出ていった。
病室のような部屋には、必要最低限の物が置いてある。
小さな机と椅子、僕の寝ているベッド。着替えの入っているクローゼット。
だけど、テレビもラジオもないし、インターネットに繋がるパソコンやスマートフォンもない。
嫌なことを忘れるためには、ここまで徹底して物を減らさないとということなのかもしれない。
僕は、ベッドから起き上がり、窓の外にどこまでも広がっている青い海を眺める。
いつまで、ここで暮らすことになるかはわからないけれど、今までの嫌なことは全部忘れて、のんびりと過ごそう。
部屋を出て、甲板に出ると、パラソルのついたテーブルに椅子が置いてあり、僕が来ているものと同じ、飾りのないシンプルな服を着た人達がいた。僕よりも小さい子から、僕のおじいちゃんよりも長生きしているのではと思うようなお年寄りまで。年齢層は幅広い。話をしてみると、僕と同じように嫌な思いをしながら生きていて、ある日突然この客船の中にいたという。そして、今ではのんびりと、この客船の中で過ごしているという話だ。
この客船での生活は、年齢に関係なく決まっていて。
朝七時に起きて、食堂に集まって、みんなで朝食を食べる。
朝食後に少し休憩をしてから、軽く体操をしたり、客船の中にあるジムで身体を動かしたり。
昼食も、また食堂に集まってみんなで食べる。
その後は、少し昼寝をしたり、また身体を動かしたりと、自由に過ごす。
食堂で夕食を食べた後も、自由に過ごして、眠くなったら寝るという生活。
決まっているのは食事の時間と場所だけで、あとは本当に自由にのんびりと過ごしている。
食事は美味しいし、身体を動かすことで、僕の身体の中にあった嫌なことが、すこしずつ抜けていくような気がする。
そして、この客船で暮らしている人達の表情は、穏やかで明るい。今まで遭ってきた嫌なことは、すっかり抜け落ちてしまっているように見える。
僕自身も、いじめられていたことは、遠い昔のことのように感じている。
こんなのんびりとした毎日が、ずっと続けばいいのに……。
「それでは、恒例のディナーの時間でございます」
高級ホテルのホールに集まっている、金持ちらしき人々は拍手をする。
ホールのテーブルには、次々とおいしそうな料理が運ばれてくる。その料理のほとんどが肉料理だ。
ある日突然消えるようにしていなくなっていた路上生活者や、いじめに遭っていた小中学生が、調理されてテーブルに並んでいるのだ。
路上生活者や、小中学生のストレスをなくすことで、肉は旨みを増すという。そのために、客船という隔離された環境で、ストレスのない生活をさせている。
人間を食べるということは、『最高で贅沢な美食』と考えている人達の集まり。
「人間の人工培養肉もそれなりのお味ですけれど、やっぱり本物にはかないませんね」
肉料理を食べながら、そんな会話があちこちのテーブルから聞こえてくる。
『弱肉強食』。
路上生活者や、いじめに遭っていた小中学生のような『弱者』が、金持ちで権力も持っているであろう『強者』に、文字通り美味しく食べられているのだ。
シチューの中の肉になった僕はそう思った。
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