癒やしと猛毒

とある駅前。

「新しく開店しました仮眠室です! よろしくお願いします!」

通行人にそう呼びかけながら、ナース服を着た若い女性が、店の前でチラシを配っている。


興味本位で受け取ったチラシには、

30分程度の仮眠が、疲れを癒やし、ストレスの軽減にもなるという。

この仮眠室には、質の良い仮眠のために、ベッドやまくらだけでなく、

リラックスに効果のある音楽や香りも用意しているという。

そして、30分1000円。きっと開店したばかりでのサービスなのだろう。マッサージよりも安い。


打合せが早めに終わったから、営業先から会社に戻るまで時間に余裕はある。

それに、営業先での打合せでは、まとまりかけていた案件なのに、顧客側が渋りだした上、無理難題を押しつけようとしてきている。一旦、持ち帰って上と検討することにしたが、それはそれで気が重い。


チラシを受け取ったサラリーマンは、そんなストレスが少しでも軽くなるならと、店の中に入って行った。


最初に受付で会計を済ませると、若いナース服の女性が小部屋に案内する。

サラリーマンが案内された小部屋は、薄いクリーム色を基調としていて、ベッドと荷物を置く鍵付きの棚が置かれているだけ。

小部屋はパーティションで区切られていて、出入り口はカーテンになっている。


いびきや寝言が、他の小部屋にいる人に聞こえてしまうのではと心配になるが、

「30分と短時間ですし、静かでリラックスできますよ」

案内してくれた女性が言う通り、他の小部屋に人が寝ている気配はしているけれど、寝息すら聞こえてこないくらい静かだ。


「こちらに荷物を入れていただいて、鍵は腕に嵌められるようになっています」

言われるままに、カバンを棚に入れ、扉を閉めて鍵をかける。鍵を腕につけると、

「靴を脱いで、こちらのベッドに、仰向けに横になってください」

靴を脱いで、仰向けにベッドに横になると、女性は額からこめかみを、おしぼりで拭いていく。

「あの……これは?」

「今、拭いた場所にセンサーを付けさせていただきます。これは、より心地よく仮眠していただくために、モニターを見ながら調整させていただくためのものです。ご心配はいりません」

にっこりと笑って、女性はコードの付いた吸盤を、額とこめかみに手際よく貼り付けていく。


「準備はできましたので、ゆっくりお休みください。、何かございましたら、手元にコールボタンがありますので、そちらでお知らせください」


そう言って、女性はカーテンを閉めて、小部屋を出て行った。


女性が出て行くのと同時に、急激に眠くなる。

適度な柔らかさのベッドと枕。心地よい室温。貼り付けられたセンサーは、意外と気にならない。そんなことを思っているうちに、意識はどんどん薄れていく。


「お客様、時間でございます」

店の女性が起こしに来るまでが、ほんの一瞬に感じた。眠っていた感じが全くしないのは、思っていたよりも深く眠っていたからだろうか。

それ程までに疲れていたのかと、サラリーマンは思った。


女性はセンサーをはずし、再度おしぼりで額とこめかみを拭いた後、

「起き上がって、支度をしてください」

と言われ、ベッドから起き上がり靴を履いて、棚から荷物を出す。

30分は本当にあっという間で、疲れはすっかり取れてすっきりしている。不思議な感覚を味わったと思いながら、サラリーマンは店を出ていった。


数日後。

この仮眠室はクチコミで広がっているようで、チラシを配って呼び込みをしていたのは、開店初日くらいではないだろうか。

その後は、疲れたサラリーマンやOLが何人も順番を待っている。

だからといって諦めることはなく、少しの待ち時間で順番が回ってくるので、辛い疲れやストレスを感じたら、この仮眠室に来るようになった。



* * * * *



「今日も、お疲れ様でした」

この仮眠室の経営者である白衣を着た初老の男性が、ナース姿の女性店員達に声をかける。


「クチコミで広まっているみたいで、ほぼ満室状態でしたね」

「おかげで原料は、たっぷり手に入ったよ。この後、集めた原料から精製作業をするから。私はもうひと頑張りだな」

初老の男性は、そう言って笑う。


女性店員達が帰った後、初老の男性は『原料』を手に、奥の部屋に入っていった。



* * * * *



高級ホテルの一室。


A国の要人と、仮眠室の経営者の男性がソファーに座り、経営者の後ろにはスーツ姿の若い女性が控えている。


その向かいにはB国の首相が、ボディーガードを数人連れて座っている。



A国の要人が話を切り出す。

「B国の軍事態勢についてですが、兵器や武器を撤廃して、各国に『脅し』をかけるのを辞めていただきたい」

「どこの国もやっていることでしょう。何故、うちの国に?」

B国の首相は笑いながら返す。


「B国が一番危険だからです。あなたの国が辞めれば、他の国々も辞めていくことでしょう」

「そんな簡単にいきますかねぇ」

苦笑しながら、B国の首相は答える。


後ろに控えていた女性が、ノートパソコンをテーブルに置き、B国の軍事態勢を記録した動画を表示させる。


「世界的な戦争が始まったとしたら、あなたの国が一番の軍事勢力を持っていて危険だからですよ。しかも、大規模な軍事演習も行っていて、その勢力を誇示していますからね」

A国の要人は、ノートパソコンの画面を見ながら話を続ける。


「B国が兵器や武器を撤廃しないというのであれば、B国の国民を『皆殺し』にします」

ノートパソコンの画面が切り替わる。

ベッドに寝ている男性と、その男性の脳波と心電図の波形が表示される。

「この男は、とある国で死刑が確定している囚人です。今から、この男を殺します」

画面の中の男性の口に、ガーゼが被せられる。その直後、脳波と心電図の波形は停止した。

「この状態が一時的なものでないことを示すために、AEDを使って蘇生を試みます」

画面の中では、ベッドに寝ている男性の着ている上着を脱がせて、電極パッドを貼り電気ショックを与えている。しかし、脳波も心電図の波形も、生きていた時のようには戻らない。

画面を見ていた、A国の要人もB国の首相も、黙って画面を見つめている。


「この男には、ガーゼに染みこませた毒を吸わせました。ご覧の通り、苦しむことなく、ほぼ一瞬にして死に至ったのが、おわかりいただけたかと」

仮眠室の経営者は説明する。


「この毒は、人間の脳細胞と心臓に直接作用し、ほぼ一瞬にして死に至らせるものです」

「……その毒とやらで、我が国の国民を皆殺しにしようと?」

「その通りです。この毒は、少量で一瞬のうちに大量殺人ができる上、痕跡を体内に一切残さないものです。……ここにも用意してありますが、お使いになってみますか?」

「いや……まだ死にたくはないのでね……」


結局、B国の首相は兵器や武器を、すべて撤廃することに合意した。



* * * * *



高級ホテルから、経営者とスーツ姿の女性は、仮眠室のスタッフルームに帰ってきた。


「交渉が上手くいって良かったな」

「そうですね」

初老の経営者は、スーツ姿の女性が淹れてくれたコーヒーを、美味しそうに飲んでいる。


B国の首相との会談で見せた『毒』の原料はストレス。

この仮眠室では、客が眠っている間に、客の体内からストレスを吸い取って集めている。


「この『毒』を作るために、多くの国でいろいろな人種から、原料である『眠り』のデータを集めてきた。日本人から集めたデータが、一番毒性が強かったな」

「それは、日本人のストレスが……」

「日本人はストレスを溜め込みやすい上に、そのストレスの質が良くないということだな」

経営者は苦笑しながら、コーヒーカップを口にした。


「その取り去ったストレスを原料として、一国を全滅させられる『猛毒』が作れるという訳だ」

「お作りになった『猛毒』は、今回のような使い方だけですか?」

「あれは、何億倍にも薄めて使えば免疫力の強化になる。ストレスを取り去る上に、取り去ったストレスを原料にして作ったものは、使い方によっては『薬』にもなる。一石で何鳥にもなる、いいシステムだと思わないか?」

「本当に、そうですね」

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