死ねばいいのに

クビになった。


契約社員で勤めていた会社の業績が悪化。

その悪化したタイミングで、契約期間が切れるのが私だった。

それだけの理由で、契約を切られた。

納得いかないまま、私は会社を辞めさせられた。


うつうつと、後ろ向きになっていても、事態は好転しない。

私は、気持ちを切り替えて、転職活動を始める。


複数の転職サイトに登録して、条件に合った求人に応募しまくる。

その他にも、ハローワークに行って求人検索したり、転職セミナーに行ってみたり。

一日も早く、新しい仕事に就くことを考えて、転職活動を続ける。


わりきったつもりでいても、契約を切られたのは納得がいかない。

納得いかないまま、毎日コツコツと転職活動を続ける。

食べていくためには、働いて稼がないと……。




夜。

採用面接で疲れて帰ってきて、化粧も落とさず、スーツのままでベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちる。

「全然うまくいかない……疲れるばっかりで……どうなるのかな……これから」

そんなことを考えていると、意識が薄れていく。



* * * * *



ベッドに腰をおろして、ウイスキーを飲んでいる大柄なおばさん。

サイドテーブルには、高そうなウイスキーの瓶。


それを、天井くらいの高さから、見下ろしている私。

……これは夢?


大柄なおばさんは、先日私がクビにされた会社の人事部のお局様。

何故か私のことが気に入らないらしく、何かにつけて文句を言ってくる嫌な人だった。


おばさんはにやにやしながら、ウイスキーをグラスについでいる。

「気に入らなかった子、クビにできてせいせいしたわー」

……それって、私のこと?


「おとなしくて、表面上は言うこときいているけど、あの目が気に入らなかったのよねー」

私の目が気に入らない……それだけで、私をクビにしたの?




ふと周りを見ると、おばさんを見下ろすたくさんの人。

私と同じように、宙に浮いていて、透けている。

そして、憎らしそうにおばさんを見ている。


「あの女のせいで……」

「あの人さえいなければ……」

そんなつぶやきが聞こえてくる。


「あの……」

私と同じように浮いている人達に声をかけてみる。

「みなさん……このおばさんに恨みのある方ですか?」


「あなた、新入り?」

一番近くにいた40歳代くらいの女性に話しかけられる。

「この女に恨みを持った人たちが、毎晩のように集まってるの」


「私は、この女に経理のミスをなすりつけられて、クビにされたの。本当はミスなんかじゃなくて、この女が会社の金を横領してたの。クビにされて、追い詰められた私は、自殺したの」


「俺は、飲み会の二次会の帰り、酔った勢いで、この女にホテルに連れ込まれ、無理矢理関係を持たされて。それを知った妻に、包丁で刺されて死んだんだ」


次々と、このおばさんが原因で、どんな恨みを持っているかを話し始める。


こんなにたくさんの人に恨まれてるのに、このおばさんはのうのうと生きている。高級マンションの一室で、自分が不幸にした人達のことを嗤いながら。




「……この人、殺しませんか?」

そんな言葉が、私の口から出る。


驚いた顔で、一斉に私を見る。

「新入りさん、どうやって殺すの?」

最初に話しかけてきた女性が、私に問いかける。


「ここは高層マンション。酔っぱらって、ベランダから落ちたって、おかしくないですよね?」


「僕らは『霊』だし、このおばさんの巨体を、動かすこと自体できないと思うけど」

「私が、このおばさんに乗り移る……『中』に入って、ベランダから飛び降ります。私は『生き霊』みたいだし」

大嫌いなおばさんの『中』に入りたくはないけど、殺すとなれば何でもやってやる。


「ベランダから落ちた時、下の道路を通る人を巻き添えにしないよう、人が避けて通るようにしてもらえませんか? 私は、『ベランダでお酒を飲んでいて誤って落ちた』と見えるように、椅子とテーブルをベランダに動かします」


他の人達は、顔を見合わせて迷っているようだ。

『生き霊』や『死人』達が、人を殺そうとしているのだから、当然かもしれない。


私は覚悟を決めて、大きないびきをかいて、寝てしまっているおばさんの『中』に入る。


暗い……いや、どす黒い。

どろどろとしたものに囲まれて、その中に引きずりこまれそうになる。

私にまとわりついてくる、どす黒いどろどろに、何もかも奪い取られそうになる。

……これが、このおばさんの『他人を不幸にする力』の元かもしれない。

そんなことを思いながら、おばさんの身体を動かしてみる。

すごく重い。自分の身体のように、自由には動かせない。それでも、何とか上半身を起こす。


それを見ていた、他の人達が言う。

「本当に殺すの……?」


「殺しますよ。私、毎日のように、この人のことを『死ねばいいのに』って思ってますから」

きっぱりと答えて、おばさんの重い身体を使って、サイドテーブルをベランダに移動させる。


「わかった、協力するよ。どうせ、俺も死人だし」

奥さんに刺されて死んだという男性が、ベランダから下に降りていく。


他の人達も、

「できることがあれば、何でも言ってくれ。……死んでるけどね」

と、次々と協力を申し出る。




サイドテーブルと椅子をベランダに移動。

テーブルの上には、ウイスキーの瓶とグラス。

下の道路に、通行人はいない。


「準備できました。飛び降ります!」

「あなたは、どうするの?」

「落ちる途中で、この女から抜け出します!」

そう言って、ベランダの手すりを乗り越えて飛び降りる。




落ちるのは一瞬だと思っていたけど、案外長く感じている。

このおばさんが、これまでにやってきたことが、次々と見えてくる。走馬燈って、こういうものなのか。……今まで、不幸にしてきた人達のことばかりが、私を取り囲むようにして見えている。

やっぱり、このおばさんは、他人を不幸にして、それを嗤いながら生きてきた人なんだ。



* * * * *



明るい。……もう朝か。

結局、化粧を落とさず、スーツのままで寝てしまった。

身体が、ひどくだるい。疲れがとれてないのかな……。


「今日も、転職活動しないと」

そう自分に言って、テレビをつけると、私をクビにしたおばさんが、酔っぱらい誤ってベランダから落ちたというニュースが映し出されていた。


「あのおばさん、死んだんだ……」

喜ぶとか悲しむとか、そういった感情は一切なく。

日々のニュースの一つとして受け止めた。

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