16-1 目覚め

 温かい闇の中にいた。規則的な鈍い音。体が言うことをきかないものの、不思議と、それさえ心地良かった。

 遠くから、声が聞こえる。くぐもっていて、よく聞き取れない――


 ――〈ジェラール〉。


 聞き覚えのない、けれどなつかしい声。

 そして思い出す。自分が、何者だったのかを。



「――ッ!」


 ジェラールは飛び起きた。



 彼が置かれていたのは、見慣れない場所だった。漆喰塗りの壁にサイドテーブルとイス、そしてジェラール自身が寝かされているベッドがあるだけの、簡素な部屋だ。扉がひとつ、窓はない。

 イスには、確かにジェラール自身の歩行補助杖が立てかけられている。

 


 ふと視界に違和感を覚え、左目に手をやれば、はまっているはずの義眼がない。

 ジェラールは、くぼんだまぶたをなでながら、これまでのことを思い返そうとした。


 確か、カキドを探して、火の都フラメリア支部を飛び出したのだったか。『空の破片』の足もとで彼女を見つけ、そして――。


〈――僕は、あなたの傍にいるべき人間じゃなかった〉


 カキドの言葉が、ジェラールの内に蘇る。

 彼女の奇妙な言動のこと。彼女に義眼を奪われたこと。見たことのない妙な魔術のこと――いいや、はたして、あれは本当に魔術なのだろうか? 

 なにもはっきりとしない中、唯一わかることは、カキドが火の都フラメリア支部を裏切ったということのみだ。



 このことを支部の兄弟たちにどう伝えればいいのか、カキドをどうすべきか、ジェラールにはまだ考えられずにいた。

 まずはここを出て、一度火の都フラメリア支部に戻るべきだ。ジェラールはそう結論付け、歩行杖を手に立ち上がる。



 部屋の扉に歩み寄り、手を当てたジェラールは、かすかに魔術の気配を感じ取った。しかし、取っ手をひねってみれば、容易く扉が開いた。魔術で封じられていたわけではないらしい。

 扉の先は、上階へと続く階段になっていた。先ほどの部屋は地下室だったようで、上階からは火の都フラメリア特有の色をした外光が差している。


 ジェラールは、『遮蔽』の魔術で足音を消そうとして、思いとどまった。扉から感じた魔術の気配からして、自分をこの場所に連れ去った者の中にはきっと、魔術師がいる。下手に魔術を使えば、相手に察知されかねない。



 階段を数段のぼり、上階を覗き見ると、二つの人影が確認できた。片方は一般民、もう片方は魔術師の匂いがする。

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