15-2 妖精女王の導き
男が複雑な思いで窓の外を眺めていたとき、ふと、テーブルを挟んで向かい側の席に、人影が腰を下ろした。
他にも空いている席はある。それなのに、あえて近づいてきたからには――。男は、自然な動作で人影の方を見やった。
女であること、それに、目深にかぶったフードの向こうに垂れる茶髪から、
そこまで確かめてから、男は、そっと相手から視線を外した。
人が顔を隠すのには理由がある。触れる必要がない事柄において、相手の意思を尊重するのは、対話――特に、他者に明かせないような――において欠いてはいけない礼儀だ。
男がそう待たないうちに、女が口を開く。
「あなたに、贖罪の機会をあげる」
「……はて、何のことですかな」
脈絡のない女の言葉に、男は人好きのする微笑みで応じた。
女の方は、男の態度になど興味がないらしく、はじめの一言と変わらない調子で言葉を続ける。
「あなたには大きな後悔がある。親友を救えなかったこと、彼の愛したものを守れなかったこと……いいや、違うかな。〈そのために力を尽くせなかったこと〉か。そうでしょう? ザハリ・クワイエル」
男――ザハリは、心臓をわしづかみにされたような思いで、深く息を吐いた。
まるで、つい先ほどまで考えていたことを見透かされたようだ。
かの支部は、あの事件をきっかけに、外界との接触をほとんど断ってしまったと聞いている。ザハリもまた、彼らに拒絶された〈非魔術師〉のひとりだった。
そう考えると、なおのこと、女がこうしてザハリに接触してきた理由が気になるところだ。
「あなたが今向かうべきかと迷っている場所、そこに向かいなさい。今度こそ、悔やまないように」
女はそれだけ言うと、躊躇なく立ち上がり、ザハリに背を向ける。
ザハリは、女の正体を問いたい気持ちを喉の奥に飲み下しながら、宿を出ていく女の背中を見送った。
女の正体も目的もわからないが、彼女の言葉は、ザハリの心の深きにまで届いていた。
ザハリは、取り上げたペンにふたをかぶせ、紙切れとともにかばんにしまった。そうして、目を閉じ、無言の祈りを捧げてから、静かに席を立つ。
目指すは、〈向かうべきかと迷っていた場所〉――この宿に最も近い『空の破片』の足もとだ。
空振りに終わるかもしれない。何かの罠かもしれない。
けれど、もしこれが、妖精女王の導きなのだとしたら。女の言ったように、少しでも、亡き友に報いることができるのだとしたら……。
ザハリが宿屋の扉を開けた、そのとき。ドアベルに被せるようにして、カーン、カーン、カーン――三音からなる鐘の音が、
そのメロディーの意味するところを知るザハリは、たまらず、舗道を蹴って駆け出した。
〈手遅れにならないうちに〉――先ほどの女が、耳もとで囁いたような気がして。
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