12-7 賭け

「無事か、ウィリアム!」


 鋭い呼びかけとともに、ウィリアムの背後にライナルトが現れる。

 ライナルトは、はしごに手をかけつつも、ほとんど飛び降りるような調子で床に降り立つと、すぐさま現場を見渡した。



 縛られたワルターとロデリオ。一足、遅かったか――すっかり制圧され、身動きが取れないウィリアム。そして、両者の間に立つ、見慣れない人影。


 役目を終えた〈盾〉が溶け消え、その向こうに見えた男の姿に、ライナルトは、知らずため息を漏らしていた。

 本当にだ、と。


「君がここの長かね。ずいぶん若いが」


 男は、快も不快もにじまない声色で、ライナルトに問いかけた。

 見てくれこそ〈灰の忌み人〉だが、その他は、普通の人間と変わらないように見える。

 ライナルトが牽制にと放った魔術など、気にも留めないところを除けば。



 〈灰の忌み人〉にどう接すればいいのかはかりかねていたライナルトは、最低限の会話が成立しそうなことに安堵した。

 同時に、強烈な違和感が、ライナルトの中で頭をもたげる。


 本部の紹介状を持ち、自ら火の都フラメリア支部を訪れていながら、支部長であるジェラールの名も顔も知らないとは、どういうことだろうか?



 ライナルトは、これを逆手に取り、男の真意を探ることにした。


「だとしたら、どうする」


火の都フラメリアにかけられた、いにしえの魔術の〈鍵〉を渡してもらいたい。あの魔術は、残されるべきじゃない」


 手強そうではあるが、うまくやれば、対話で折り合いをつけられるかもしれない――ライナルトの淡い期待は、男のこの返事で吹き飛んでしまった。



 火の都フラメリアの空を覆う浮遊ランタンの群れ、英雄ベルリオーズの大魔術は、都世界に生きる魔術師の誇りだ。

 自らも魔術師でありながら、あの大魔術にあえて手を出そうとは。それも、〈残されるべきじゃない〉とまで言い切って。


「本部からの紹介状を持っていると聞いていたが……お前、連合属の魔術師ではないな。それどころか、我々に仇なすことを望んでいるとみた」


「〈我々〉というのが、無辜の人々を脅かす魔術師のことであるなら、そうとも、私は君たちの敵になる」


 男は、まっすぐなまなざしで、ライナルトを見据える。



 ライナルトは、諦めにも似た確信を得た。魔術師を迫害する一般民を、こんな目で〈無辜の人々〉などと形容する相手に、話が通じるわけがない。

 かといって、力尽くで追い返すにしても、人質を取られている以上、こちらの分が悪い。



 なんとかして、人質である三人の安全を確保した上で、男を排除できないか。考えた末、あることを思いついたライナルトは、思わず唾をのむ。

 方法はある。――が、相手の出方次第では、状況を悪化させかねない賭けだ。


「残念だが、俺は支部長ではない。火の都フラメリア支部、指導員長のライナルトだ。無法者にも名乗る名があるのなら、聞くとしよう」


「無法者だと? その称号は、君たちにこそふさわしいだろうに。私は、ルーヴェンス・ロード……いや、覚える必要はない。この場を離れれば、もはや会うこともないのだから」


 男――ルーヴェンスの答えに、ライナルトは苦々しく微笑んだ。

 互いの立場を横に置いてみれば、なかなか面白い相手なのだが。奇妙な邂逅を楽しんでいられる状況でないことを、ライナルトは少し残念に思った。


「いいだろう。ことが終われば、すぐにお前の名なんぞ忘れてやる。――ルーヴェンス・ロード。全都魔術師連合規則に則り、お前に決闘を申し入れる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る