8-9 劣等感


 しばらくぶりの食事を噛みしめるジェラールのかたわら、ワルターは突っ立ったまま、気まずそうにどこか宙に視線を留めていた。

 かと思えば、ときどき、わけもなくジェラールの方をうかがってくる。目が合うと、すぐに顔を背けて……。


 これをくり返しているうち、ジェラールはようやく、ワルターが恥ずかしがっているのだと気がついた。


「受付係なんて退屈な仕事ですけど、長兄様とこんなふうにお話しできるんだったら、悪くもないですね。長兄様、お一人でいる時なんてほとんどないわけだし。俺なんか……」


 ワルターが、そっぽを向いたまま、独り言のような調子で言う。

 強がっているようでも、媚びるようでもない彼の口ぶりに、ジェラールは、食堂でワルターが杖を抜いたときのことを思い出した。



 あのとき、ワルターを落ち着けるために互いの精神を『共鳴』させたジェラールは、ワルターの心の奥底にあるものをのぞき見た。


 ワルターの心の深くに横たわった、動かしがたい劣等感。ジェラールの精神が出会ったのは、臆病で卑屈な青年としてのワルターだった。

 普段のワルターの攻撃性は、自信のなさの裏返しであったことに、ジェラールはこのときはじめて気がついた。



 ジェラールは咀嚼しながら、ワルターの横顔と、かすかに赤く染まった彼の耳を見つめる。

 彼が「俺」の後に続けるはずだった言葉を思えば、ジェラールに、彼の不良行為を咎める資格はないのだった。



 ワルターはジェラールに、あるいはジェラールのような力のある魔術師に強い憧れを抱いている。

 けれども、火の都フラメリア支部に属する多くの下位魔術師が学ばされるのは、魔術ではなく、剣などの武器の扱いだ。


 常に一般民の脅威にさらされている火の都フラメリア支部には、育てたところでまともな戦力にならない下位魔術師を〈魔術師〉として育てるだけの余裕がないのだ。



 中でも、ワルターのような、下位魔術師である他にもハンデを負った者は、ほとんど魔術杖を握る機会を与えられない。

 ワルター自身もそれをわかっていて、魔術を学びたいとは誰にも言えずにいたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る