4-9 奇妙な問いかけ

 少し遅れて、カキドが、ジェラールの背後につく。


 ジェラールがどんなに急いでも、不自由な右足を引きずっていては、カキドの歩く速さには敵わない。

 それでも彼女は、ジェラールの隣に並んだり、ジェラールを追い抜いたりすることはない。ジェラールは、カキドのそんなところを好ましく思っていた。



 ジェラールの杖の妨げにならず、かつジェラールがふらついても支えられる位置――斜め後ろから、カキドが声を上げる。


「待って! タンクの正体がわかったとして、どうするつもり?」


「放っておくわけにはいかないだろ。すぐには難しくても、この支部だって、これからまた大きくなっていく。十分な大きさの、信頼できるタンクが必要なんだ」


 ジェラールは、振り返らずに答えた。しかし、カキドの返事はない。

 訝しんだジェラールが振り返ると、彼女の物憂げなまなざしがあった。不測とも言える事態の中、ジェラールのことが心配で、気が気でないのだろう。


 ジェラールは足を止め、カキドに笑いかけてやる。


「大丈夫だよ、無茶はしないから。何かわかったら、知恵を貸してくれよ」


 カキドは、返事もせずに、無言でうつむいた。


 カキドがここまでうろたえるのは珍しい。

 どんなにジェラールのことを心配していても、二言目には「わかった。僕がなんとかする」と言ってくれるのが彼女だ。



 目の前のカキドは、いつもの彼女とはどこか違う――沈黙の中、ジェラールがそう気づきはじめた時。カキドが、ふと口を開く。


「……ねえ、ジェロア。あなたは、あなたの意思で、あなた自身の思いだけで、自分の行く道を決めていけると思う? あなたは……」


 ――自分の心を、ちゃんと大事にできる?

 カキドは、そう言って顔を上げる。彼女の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。


 奇妙な問いかけだ。

 カキドが何を言わんとしていることが、ジェラールにはわからなかった。ただ、言い表しようのない、ざらざらとした不安感が、胸の底を淀ませる。

 何と答えても取り返しのつかないことになるような、そんな予感もあった。



 ジェラールが黙りこんでしまってから、しばらく。不意に、カキドの表情が緩む。


「――なんてね。おかしなことを訊いたね。ほら、そんな怖い顔しないで。僕にだって、不安になることくらいあるんだよ。あーあ、嫌だなあ。リャン様あのひとの近くに行くの」


 軽口を叩くカキドは、すでにいつもの調子を取りもどしていた。



 何もかも、気のせいだったのだろうか? ジェラールは戸惑ったが、からかわれたのだと思い直すことにした。


 本当なら、じっくり話をして、カキドの不安を取り除いてやりたい。しかし、現状ではそんな余裕もなさそうだ。


「カキド。タンクの件が落ち着いたら、個人的に話をする時間を取らないか? ライナルトも一緒に」


「僕、こう見えても結構忙しいんだけど。でも……いいね、それ」


 カキドの返事に、ジェラールは微笑む。

 やはり、いつものカキドだ。何ら心配はない。


 タンクの不調が解決すれば、親しい兄弟たちと職務抜きで話をする、久しぶりの機会も待っている。


 ジェラールの遅い歩みが、ほんの少し速まった。

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