24-冷雨
みぞれ混じりの冷たい雨が、上空からとめどなく突き刺さる。荒く息を弾ませて、タカヤは崩れるように墓標の陰にうずくまった。
身体の深いところから、吐き出すような強い咳。咳き込むたびに、タカヤの胸に鋭い痛みが走る。息が苦しい。タカヤ自身、肺炎は何度も経験していたが、ここまで悪化したのは初めてだった。逃げ込んだ墓地に、雨を遮れるものはない。寒い。ひどく発熱していて、全身の震えが止まらない。歯を食いしばってなんとか耐えようとしてみるが、奥歯がガチガチと鳴るばかりで、たいした役には立たない。
殺されたくない、埋められたくない、と逃げ回ってたどり着いたのが墓地というのは、タカヤにとって笑えない冗談だった。どうせ肺炎で死ぬなら、いっそひと思いに殺されて、楽になってしまおうか。そんな考えが一瞬、膿だらけの胸の内を掠める。慌てて否定しようと頭を振ると、ひどく目眩がした。駄目だ。相手を化け物と信じてやまない村人たちの手にかかり、念入りに刻み焼かれてすり潰されて、小さな壺にでも詰められて土深くに埋められてしまったら、生き返ったときにどれほど苦しむことになるか。土中で目覚めるあの苦しみだけは、もう二度と経験したくなかった。
また激しい咳が出て、刃物でも刺されたかのように胸が痛む。タカヤは紫色に変色した唇を歪めた。こんなところで死んだらすぐに見つかって、結局埋められる。もう少し、人目のつかないところへ。とにかく、村から出るしかない。どこかの森で熊にでも食われたほうがまだ、あとが楽だ。
大きな痰をひとつ吐き出して、あまり言うことを聞いてくれなくなった身体を前傾させてみる。利き手を反対の肩にかけ、自らを支えるように立ち上がった。再びの目眩。墓標に手をつくと、見知らぬ死者の名前が目に入った。
あんたらはいいよな。一度死んだら、ずっと死んでいられるんだから。
口に出す気力はなかった。背中を丸めて歩き出すと、濡れた服がまとわりついて、ただでさえ動きの悪い身体をより動きにくくする。呼吸が苦しい。たった数歩で、落ち着けたはずの息がもう上がっている。
まるで倒れ込めと言われているかのように、叩きつける雨が強くなった。雨が、せめて雨が止んでくれればもう少し、遠くまで逃げられるのに。タカヤは空を睨みつけようとわずかに顔を上げて、やめた。その体力すら、今は惜しかった。
行くあてなどない。ただ、人の来ないところへ。なるべく音を立てず、見つからないように。
重たい足を引きずるように動かすタカヤに、雨はただ降り続いた。苦しげな咳と足音を、雨音がかき消す。雨にけぶったその姿は、村から遠ざかるにつれ、見えなくなっていった。雨は、雨だけは今、味方でも敵でもなく、タカヤに降り注ぎ続けていた。
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