13-返却

「あー、こりゃ、派手にやってくれたねぇ」

 白衣のポケットに突っ込んでいた手を出して、博士は丸眼鏡をくいと上げた。この施設に拉致されてきて随分経つが、彼の名前を俺は知らない。医師であるらしいことと、周囲の助手から博士と呼ばれていること以外、何一つ情報がなかった。

「せめてちゃんと処理してから返して欲しかったよ。遠慮のつもりか知らないが、まだ生きてるじゃないか」

 博士は運搬用の狭い檻を開け、不自然な形で折りたたまれて入っている俺の身体を乱暴に引きずり出した。全身の傷に強烈な痛みが走ったが、うめく力も残っていない。半分裏返った眼球の上で、まぶたがかすかに痙攣した。

「でも、ま、あっちの拷問ぶりを間近で見られるのはちょっと役得かな、うふふふふ」

 博士は気味の悪い笑い声を上げ、俺の身体を調べはじめる。剥がされた爪や、骨が出るまで削られた指、その上に塗られた腐食剤などを、ふむふむとうなずきながら楽しそうに観察した。

「やっぱり、ツボがわかってるよねぇ。うまいことこうやって、致命傷を作らないとことかさ」

 反対方向に折り曲げられたひじやひざを曲げ伸ばして、キャッキャとはしゃぐ。

「おなかの膨らみは、水責めかな? それとも、尿道と肛門を縫い潰された? 背骨のこの折れ方は、逆海老反りに吊るして、毎日重りを増やした感じかな? あ、焦げてる。うふふふ、電気も使ってるね?」

 へぇ、なるほどねぇ。目を輝かせて、仰向けにしたり、うつ伏せにしたり、まるで新しいおもちゃを試すようだ。触れられるたびに走る激痛に、すでに七割がた狂ってしまった精神がさらに少しずつ壊れていく。

 はやく、はやく殺してくれ。その願いだけが、最後の自我として、死体に群がる蝿のようにブンブンと頭の中を巡っていた。何でもするし、何でも言う。だから、はやく。

 不老不死になった方法なんて、俺が知るわけがない。秘密を話せと言われたところで、知らないものは知らない。が、一週間に及ぶ拷問の末、俺は知りもしない不死身の秘密とやらを、洗いざらい喋っていた。記憶の奥に残っていた、どことも知れぬ地名、懐かしい名前。植物や動物の名称。何語なのかも覚えていないデタラメなそれらの単語を絶叫とともに並べて、何とか苦しみから逃れようとしていた。

「切り取られた部分はそんなに多くないから、うまくやれば2ヶ月はかからないんじゃないかな。それじゃ、おやすみ、ボクの子猫ちゃん」

 首に縄がかけられた。ようやく死ねる。く、と息が詰まって、首の皮が引っ張られた。やっと、楽になれる。

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