07-坊主
錫杖が、実に似合う男だ。つるりと剃り上げたごつい頭を見上げて、タカヤはそんなことを思った。毛のない頭に対して、眉と髭のなんと立派なことか。抜き取って突き刺すだけで、武器として通用するのではないかと思えるほどだ。袈裟をはだけた胸の筋肉は隆々として、随所に血管が浮かんで見える。丸腰のタカヤに、勝ち目などあるわけがない。
逝かす者と、死なぬ者。不死身のタカヤを成仏させることをライフワークにしてしまった男に、タカヤが何を言っても届くはずもない。だが、圧倒的な恐怖と苦痛を直前にして、無駄とわかっていても唇は、必死で言葉をつむぎだす。
「頼むよ、なあ、やめてくれよ。俺は死なないんじゃないんだ。ちゃんと死んでるんだよ。死んでも、また生き返ってきちゃうだけなんだ。死ぬのは痛いんだよ。苦しいんだよ。人を苦しめるのは仏法でもご法度だろ? なあ、勘弁してくれよ。俺は……」
「喝ッ!」
錫杖の先のとがった部分が容赦なく眉間に向かって突き出される。威嚇ではなかった。間一髪で避けたタカヤの耳を、じゃらんという錫杖の音に加えて風を切る冷たい音がかすめる。反射的に、タカヤの全身に鳥肌が立った。恐怖。
「安心せい。穢れた肉体から開放されれば、今度こそ拙僧の法力で浄土へと導いてくれようぞ」
「だから、違ッ!」
今度は振り下ろされた錫杖を、後ろに飛んでどうにか避ける。こいつが寿命で死ぬまで、殺され続けなきゃならないのか? 絶望感にとらわれて、振り仰いだタカヤに見えたものは、暗い本堂の梁。
一瞬の隙になぎ払われた錫杖を避け損なって、タカヤの左足に激痛が走った。折れた、なんて生半可なものじゃない。確認する余裕もないが、おそらくくるぶしあたりから千切れかかっているだろう。熱した油壺の中に浸したような激しい痛みに、タカヤはひざを抱えてうずくまった。痛みと恐怖から、喉の辺りが吐き気を訴える。
「成仏せい!」
身動きの取れないタカヤの上に、渾身の力を込めた錫杖が振り下ろされる。咄嗟に両腕で頭を抱えた次の瞬間、錫杖がタカヤの頭蓋を叩き割った。後頭部から鼻の辺りまで、脳を押しひしげて異物が入り込む感覚が、やけにはっきりとタカヤの意識に残った。
どうせまた生き返って殺されるんだな。つぶれてあふれたはずの脳みそでそう考え、飛び出て転がった目玉の上に突っ伏して、タカヤは何百回目になるかわからない死を死んだ。
錫杖が鳴り、唸るような低い声で念仏が始まる。
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