02-蘇生
息を吸う。苦しくはない。うとうと開いた目に映ったのは、見覚えのあるアパートの天井の、安っぽい蛍光灯。大丈夫だ、保護されている。俺はそっと起きあがって、反射的に水を探した。畳に敷かれた布団の枕元に、ペットボトルのミネラルウォーター。本当に助かる。
水を飲みながら隣の部屋を覗くと、ナナの長い髪が見えた。声をかけようと息を吸いかけたところを、びっくりして振り返ったナナと目が合う。ナナが飛びかかってきて首に巻き付く。俺はペットボトルを取り落とした。
「高矢、……おはよう」
耳元で小さくつぶやく声。俺は咄嗟に、ああ、だか、うん、だか曖昧な言葉を返した。
「もうっ、久しぶりなんだからねっ! もう少しうれしそうにしてくれたっていいでしょ!?」
飛びかかるのと同じ勢いで俺から離れて、ナナは恨めしそうに俺を見た。
「仕方ないだろ。生き返ったばっかりなんだぜ?」
俺がそう言うと、ナナはちぇっとばかりに一瞬いじけて見せ、次の瞬間には満面に笑顔を戻していた。
「そうだよね。ごめん、ちょっとはしゃぎすぎちゃった。お風呂いれなきゃね? 服も、死んだときのままだし」
言われて、俺は着ているシャツが胸元から脇腹にかけてどす黒く固まっていることに気づいた。そうだ、確かスタントに失敗して、セットの継ぎ目の材木に腹から落ちて胸に突き抜けて……
「高矢? どしたの、大丈夫?」
「ん……、ああ、ちょっと死んだときのこと、思い出してた」
脇腹を押さえて眉間に皺を寄せていたのを心配したらしい。風呂場に向かったナナの後ろ姿を見ながら、俺はぼんやり考えた。
胸から材木と内蔵を飛び出させた串刺しの俺を、ナナはなんて言って引き取ってきたのだろうか。
大丈夫ですから、なんて言葉は、いくらマネージャーだからと言って通用するわけはない。不死身で通っていても、まさか本当に死んでも生き返ると知っているのはナナだけだから、現場はパニックになったはずだ。救急車まで待機していたあの場所から、どうやってアパートまで運んだんだろう。まさか、死体袋から?
気丈なふりする奴が、本当は一番苦労してる。
鼻歌の聞こえる風呂場を見やりながら、俺はナナの生きている間はもう死なないでいよう、と心に決めた。少なくとも、ナナが生きている間だけでも。今回の仕事で、かなりまとまった額の保険が入っているはずだし、あと数年はゆっくりできるはずだ。
そして、スタントを辞めると宣言した直後、俺はナナから衝撃の通帳残高を知らされることになる。
「2万6523円!? 俺をあと何回殺すつもりだ!?」
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