七話 推理

 


 ――努は、千草殺しも、原口殺しも奈津の仕業しわざだと確信していた。千草の件は、俺にも責任の一端がある。当時、千草の色気に溺れて、頻繁に通っていたのは確かだ。奈津の子供心にも気付いてやれず、千草との逢瀬おうせを重ねていた。奈津が千草を憎んでも致し方ない。しかし、その頃はもう、俺の方も執拗しつようなまでの千草の情交にうんざりし、別れる心積もりだった。


 そんな最中、千草が殺された。直ぐに奈津の顔が浮かんだ。“相手がいくら寝込みの女だとしても、九歳の女の子に首を絞めることはできない”それが、事件を担当した松井刑事の見解だった。


 だが、奈津は普通の九歳の女の子ではなかった。得意な学科は? と俺が訊いた時、体育だと答えた。その時は、在り来たりの答えだったので何とも思わなかったが、今思えば、ゴムとびも手を挙げた高さまで跳べると言っていた。泳ぎも得意で、素潜りもできると言っていた。奈津のように運動神経が発達していれば、軽業師のように千草を絞殺し、庭に埋めることができるのではないか。


 当時の調書には、“二階で何して遊んでいたのか”の問いに、“輪ゴムをつなげたり、三つ編みしたり”とある。この三つ編みを松井刑事は、奈津が自分の長い髪を三つ編みしていたのだと勘違いした。


 ――仮に、その三つ編みが、殺人に使用するアイテムの一つだとしたら……。例えば、繋げた輪ゴム三本を三つ編みにして、手に巻き付ける。そうすれば、紐を握った時に滑り止めになり、握力を強化することができる。子供の力でも、首を絞めることができるのではないか……。


 庭に埋める方法も考えたに違いない……。遺体が発見された前日は、一日中土砂降りだった。庭の土は柔らかくなっている。子供の力でも穴を掘ることができるのではないか……。千草は、等身大の穴から仰向けで発見されている。つまり、深い穴を掘る必要がなければ、奈津にも十分に可能だ。


 ……しかし、原口の件は動機が不明だ。一度、完全犯罪を経験した人間は味を占めて、また同様の殺人方法を試したくなるものなのか……。


 だが、努にはもう一人、気になっている人間がいた。渡辺だ。事情聴取の時に見せた狼狽のようなものが、引っ掛かっていた。“誰に殺られたと思った?”の問いに、一瞬驚いたような目をしてから直ぐにその目を逸らして、“さあ……見当もつきません”とわざとらしく首を傾げ、冷静を装った。あれは、小心者の犯罪者が見せる特有の仕種だった。


 そこで、鎌を掛けてみることにした。

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