三話 庭



 



 ――それは、土砂降りの日の翌日だった。奈津は客間から横目で庭を確認し終えると、冷蔵庫に入った商売用の食材で、旨い料理を作って食べた。直ぐに出掛け、のりちゃんとゴムとびをして遊ぶと、昼食に戻って来て、再び旨い料理を作って食べた。昼食を済ませると、のりちゃんとマリつきをして遊んだ。

 帰って来ると、冷蔵庫に残っている最後の食材で旨い料理を作って食べた。冷蔵庫の高級食材が空っぽになると、いよいよ、演技を始めることにした。



 先ず、千草と入魂じっこんだった近所に住む永井美也子の家を訪ねた。


「ちぐさのおばちゃんがおらんと」


 今にも泣きそうな顔をした。


「おらんて、いつからね?」


「……朝から」


「なんで、すぐ言わんかったと?」


「……帰ってくると思たけん」


「困ったね。どぎゃんするか……取り合えず部屋ば見てみるかね」


 美也子は大儀そうにサンダルを履いた。美也子は四十半ばだろうか、長身で痩せていた。伴侶を亡くしてからは、編み物教室をって生計を立てていた。



 美也子は、客間兼寝室の押入れの中や庭を見終わると、結局、通報することにした。




 ――やがて、庭に埋められた千草の絞殺死体が発見された。――




「二階でなんばしとったと?」


 将棋の駒のような輪郭の松井という刑事は、奈津にそう訊きながら、ポマードをべっとり塗った七三分けの頭を人差し指で掻いた。


「一人で遊んどった」


「なんばして?」


「……輪ゴムばつなげたり、三つ編みしたり」


 松井は、奈津の長い髪に目をやった。


「昨日の夜、下で、なんか物音は聞こえんかった?」


「雨の音しか聞こえんかった」


 確かに、昨夜は土砂降りだった。


「玄関の鍵は掛かっとった?」


「のりちゃんちに行くときはかかっとらんかった」


「友達ね?」


「うん」


「起きた時、女将さんはおらんかったとやろ?」


「うん」


「どぎゃん思た?」


「出かけてると思った」


「ご飯はどぎゃんしたと?」


「自分で作って食べた」


「偉かね。自分で作れっとね?」


「お父ちゃんに教えてもろたけん」


「そげんね。……女将さんが帰ってこんで、どぎゃん思た?」


「……なんか、うれしかった」


 奈津のその言葉に、松井は咄嗟とっさに調書を執っている吉田を見た。


「なんで、嬉しかったと?」


「自分ばっか、うまいもんば食べて――」


「イジメられたとか?」


 奈津が頷いた。



 動機はあるものの、仮に千草が寝込んでいたとしても、九歳の女の子が大人を殺すのは不可能だと、松井刑事は結論付けた。




 暫くの間、美也子に預かって貰った奈津は、迎えに来た義明に連れて行かれた。――

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