No.5-29
多国籍陸軍少将メグミ・トーゴーの行方が知れなくなって二週間が経過した。上層部では彼女の行方に関し、幾度か議論の場を設けたのだが、男性士官達は『機密の漏洩』『逃亡の可能性』など、メグミ・トーゴーの喪失によって起こり得る最大の問題を議論しながら、彼女そのものを探そうというような話を一つも出さなかった。
影で糸を引いているのが誰であるのか。それだけが明確に提示されているがために、誰もその領域に踏み込むことが出来ないのである。それはつまり、例の上級士官が彼女。メグミ・トーゴーを嵌めたのであろうという誰も口にすることのない暗黙の事実である。
この議論の場に存在するのは人ではなく、鶏なのである。鳴けと言われれば鳴き、朝には朝を告げ、絞め殺されるその瞬間まで自らの生を疑わないのである。
私はその席を早々に抜け出し、この場に居ないあの男の元へ出向いた。
男は眼鏡をつけ、葉巻をくゆらせながら書類に目を通しているところであった。
「ここは犬小屋ではない」
男はそう言った。
「鶏と犬ならどちらがより有用でしょうか」
「主の居ない犬は滑稽だ。狼でもなければ飼い犬でもない。食えるだけ鶏の方が幾分かマシだと思うね」
「……彼女を。メグミ・トーゴーをあなたは一体どこへやったんです?」
「私がやったわけじゃない」
「ご冗談を!」
「……今頃は戦死しているかもしれないね。戦車砲で吹っ飛ばされて赤い飛沫になって」
「成程。何処かに拵えた檻の中に閉じ込めるとか、或いは既に始末しているとか、そういう風な手段をお取りにはならなかった」
「知らんよ。仮に君の鼻が彼女の居場所を突き止めたとして、君に私を弾劾することは出来ない」
「それだけで十分ですよ。ところで、鶏の群れにも主がおありで?」
「君達には何もない。故郷も、守るべき地位も、家族も居ない。私にはある。守るべき地位があり、家族がおり、家族と同じぐらい大事で、私を見れば延々とへりくだるような部下を沢山抱えている。彼等が鶏だとして、誰が面倒を見るのだ。私しかおるまい」
「あなたの守るべきものに価値を感じないのもまた、事実です」
「勝手に吠えていろ。野良犬め」
私は男の部屋を出た。
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