No.5-25

 ポイントPは小さく、狭い。第二十七歩兵連隊の担当する重要な防衛地点である。ポイントPという地点名はエダ軍曹の命名であり、Pとはつまり『ペタン』のことを言うらしい。軍曹曰く

「奴らを通すな!<They shall not pass> そう言ったのはフィリップ・ペタンだろう?」

 とのことだが、実際にこれを言ったのはWWⅠにおけるヴェルダンの戦いのフランス中将ロベール・ニヴェルである……が、私はそれを言わなかった。

使い古された文言である。スペイン内戦でも同様の文言が唱えられ、その時には無論スペイン語で表現された。つまりそれはこうである、『!No pasaran!』と。

この文言から理解出来る通り、ポイントPとは陥落を許されない防衛地点を示している。そこに一番の新参者である私を配置することについて違和感を覚えたので、地点への移動の最中に、眼帯を付けた下士官らしき兵士に私はこう問う。

「ポイントPは、最重要防衛地点。確かそうでしたよね?」

 その兵士は言った。

「うむ、その通りだ。Pが陥落するのはだいぶまずい……重要な地点だ。君の解釈は間違っていない」

「しかし私は」

「仕方ないだろう。トイ・ソルジャーの一部が持つ専門技術は通常の人類が持つものとは明らかに違う特別さを持ったものだ。一朝一夕で真似出来る類のものじゃない……例えば君、裸眼で見える限界を測ったことはあるかい?」

 これは私が訓練させられた項目であり、数字がハッキリしている。

「普通であれば五〇メートル。集中すれば一〇〇……」

 私が言うと、その兵士は笑った。

「ハハハハハ! 冗談みたいな数字だ。君の目は人間の通常の視力はおろか、有史上存在したありとあらゆる人種の限界を飛び越えている。我々通常のトイ・ソルジャーは三〇メートルが限度だ。それだって異常な数字なんだぞ。君はそれを遥かに凌駕する……まさに狙撃手としての天性を持って生まれてきたと言っていい」

 この能力は士官が視察に際し目標を捕捉するために備えられたものだ、と以前は説明されていた。

「まぁ、無論優秀な狙撃手とはたんに射撃能力や視力だけでは測り切れない部分が存在するわけだが、その点を隣の彼女は補助してくれるだろう」

 私の後に車に乗ったその兵士は、通常の兵士の装備に加えて、私の顔の横幅よりも大きい双眼鏡を首にぶら下げている。

「彼女は連隊の中でも特別優秀な観測手だ。頼りにすると良い」

 眼帯の下士官がそう言った直後、その兵士は私の方を無言でチラと見、微笑を浮かべた。

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