No.3-4

「お前は人を撃ったことがあるのか?」

 これは、この基地内において私を心底不愉快な気持ちにさせてくれた有り難いお言葉の一つだ。

 私はこの基地で受けるであろう教育を、恐らくはくだらないものなのではなかろうかと考えてはいたが、それを通り越して彼らの発言というのは実に粗野で、毒にも薬にもならないならともかく、私にとって心底不愉快なものであった。私達人造のものを含む人間というのはそれぞれ長短というものがあり、それは勿論どの場所でも適用出来るだろうと思っていたのに、彼ら民間軍事会社の人間はどいつもこいつもろくでなしばかりで、それはせいぜい戦争になった時使い物になるかならないか程度の違いしか存在していないように感じ取れた。

 勿論、例外も居る。

 私の射撃を指導する人間は、私や他の男達よりも歳を取った、如何にも歴戦の兵士といった様相の男性で、私の射撃には一言もコメントをつけず、ただゆったりと煙草をくゆらせるのみなので、私はこの人物相手には気を使わずに済んだ。その上彼は、私が話しかけても何か差別的な言動をすることなく、対等な相手として取り扱ってくれる。これはこの基地内において非常に珍しい態度であると言わざるを得なかった。

 ある日、私は彼にこう質問をした。

「基地にいる男が全員、あなたのように紳士的であればいいのに」

 すると、男は咥えた煙草を手に持ち替え、言葉を返した。

「兵士に紳士的な人物など居るものか。銃で誰かを撃とうだなんていうのは皆野獣かそれに近しい存在だ」

「すると、私達人造人間も皆野獣だということになりますが」

「うむ。そして君達を生み出した人間というのは、この世でもっとも悪辣な、救いようのないろくでなしであろうな」

「違いないですね」

 そう言って、私は笑った。

 男性は私の様子を気にもせず、マッチを擦って火をつけようとするが、先が湿気っているのか、中々火をつけられずにいる。

「マッチなんて、古めかしいものを使いますね」

「ああ、みんな使いたがらんから余るんで私が使っているんだ」

「もしかしてそれ、もう駄目になっているんじゃないですか」

「かもしれんね」

 そう言って男性は二本目のマッチを取り出す。

「しかし君は射撃が上手いな。全部頭に命中している」

「ええ、戦場では頭を、正確には脳幹を撃ち抜かなければ、私達人造人間は死ぬことが出来ないんです」

「へえ、そうかい。そりゃ難儀するなあ……しかし、私は彼女、ミオ・アズマ以外には人造人間を見たことがなかったから、戦場では本当に戦えるのかと心配になったものだが、君を見るに、君達人造人間は私のような老兵などより余程使いでのある良い兵士のようだね。嫌な言い方をして悪いが」

「私よりも良い兵士は何人も居ましたが、みんな死にました。貴方達より余程頑丈な身体をしているのに、です」

「戦場はいつの時代も地獄だな……もっとも、この基地だって大して違いはないけれどもね」

「銃弾が飛ぶ頻度はそこまでではないようですが」

「核爆弾一つあれば吹き飛ぶさ」

 三本目のマッチでようやく火がついて、男性はようやっと新しい煙草を吸えるようになった。軍人の使う安煙草特有のあの何とも言えない侘しい匂いが私を包み込む。

「しかし彼女……いや、君も」

 彼は、意図的に末尾を濁した。私の耳には、逃げた方がいい、そう言っているように聞こえたが、実際のところは分からない。

「どうかしましたか?」

 男性は答えた。

「……復唱はなしだ。聞こえているならそれでいいし、聞こえなかったならそれでもいい。それだけさ」

 その時の会話を、私はずっと忘れられずにいた。長く戦場に身をおいた老兵士が逃げろと言った、それは何かの比喩であるとも思えなかった。彼がそのような意地の悪い言葉を言うとは、私にはどうも考え難いことのように思えたのだ。

 彼は何と言ったか。

『しかし彼女……いや、君も逃げた方がいい』

 何かが引っ掛かる。いや、逃げた方がいいという言葉についてではない……そうか、彼女。ミオ・アズマについてだ。

 彼女には謎が多い。銃もロクに撃てず、格闘技も出来ない彼女が何故この基地に置かれ続けているのか。言ってしまうなら、上層部がそのような存在を許すのであろうか?

 私は、彼女が使っているという部屋へ出向いた。昼間は教育の時間なので、彼女の部屋に行くのは必然的に夜となった。

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