No.2 アリス・ハーヴェイ、ナジェージダ・アヤツコヴァ、エミリア・トルステンソン

No.2-1

 私達三人は大きな手錠と鎖で拘束されたまま、揺れるトラックの荷台に放り込まれていた。

つい二時間前まで私達は兵士として戦っていたが、増援の見込みもなく物資弾薬も底をつき、両手を挙げて彼らに降伏したのだ。

「私達、一体どうなるんでしょうね……」

 私が言うと、大尉が一言、忌々しげに呟く。

「私達を守ってくれるルールなんてないからね。分かってるでしょ」

 やれやれ、と言ってナージャが言葉を繋げた。

「昔の兵士には何とか条約っていう、捕虜の取り扱いを定めた奴があったらしいけどねえ。私達、人間じゃないもんね」

 人造人間。クローン。ヒューマノイド。ガイノイド。私達を表す言葉は数多く存在するが、現代ではそのどれもが罵倒語として知られている。意味合いとしては、人間味のない……無機質な……といったところだ。

けれど、私達にはしっかりと感情、個性がそれぞれ備わっている。部隊長のアリス・ハーヴェイ大尉は、大きな損害を出したことで有名なあのグレイビーチ上陸作戦A軍集団の生き残りの一人。綺麗な黒髪を持つナジェージダ・アヤツコヴァ一等兵は、大尉ほどじゃないけれど、いくつもの戦場を駆け抜けてきた歩兵のエリート。私、エミリア・トルステンソンは……とくにまだ何の戦果も上げていない、ただの二等兵。けれど、感情はしっかりとある。人造人間だと罵られても、彼ら普通の人間と何が違うのか、私には理解できなかった。

「しかし、なんでこんなのを使うかな。重くてしょうがないよ」

 ナージャ……ナジェージダの呼び名だ。彼女はそう言って、自らの手元を見る。私達の両手は手錠と鉄鎖で拘束されている。

「私達をゴリラかなんかと勘違いしてるんでしょ。思い切り力を込めればロープぐらい千切っちゃうんじゃないかってさ」

 試しに、自分の手にかけられた拘束具に力を込めてみるが、手首が痛くなるばかりで、軋む音一つ出てきはしなかった。

兵士特有の語り口で自らの境遇を嘆いてみせるが、私達は皆今の現状を楽観視してはいなかった。

間違いなく殺される。

その確信が私達にはあった。いっそ、戦死してたほうよっぽどが楽だったのかもしれない。

 私達が戦っていたのは、砂漠の戦場。相手は、未だ『本物の人間』を戦場で使わざるを得ないような後進国だった。

戦いは、殆どの局面において私達が優勢だった。しかし私達の上層部と敵国との間で会談の席が設けられることになると、敵側の攻勢が激しくなった。会談において少しでも有利な地位に立つために、より譲歩を引き出すために、自らの物資と兵士の命をチップとして大きなギャンブルに打って出たのだ。私達の上層部は、既にここまでの戦闘で発生した多大な物質的、金銭的損失に顔を歪ませていて、またその後ろについている国民達もまた、長く続く戦争に厭いていた。本気を出して私達の側が団結し、私達兵士の命を含むあらゆる物を注ぎ込めば相手の国を取り潰すのは容易だったが、誰もがそれを望んでいなかったのだ。

上層部は一計を案じた。敵国にそこそこ気持ち良く勝ってもらい尚且つ自分たちの懐があまり痛まぬように、敗走を装って撤退することにしたのだ。そして一部の兵士を置き去りにして敵国に引き渡すことで、相手国の鬱憤を晴らさせる。ほんの少しの物を消費するだけで、後腐れ無く戦争を終わらせることが出来る、実に冴えた方法だった。

敵の大攻勢と、計画的な敗走。

戦う者同士の奇妙な共同作業によって、私達を含む幾人かの兵士が意図的に取り残され、敵国へ引き渡された。

輸送車には窓もなく、今自分がどんな地域の中を走っているのかすら全く検討がつかなかった。ただひたすら、真っ暗な車内の中、他の隊員たちと軽口を叩き合う以外に、やれることはない。

やがて車は動きを止めた。その周りを騒々しさが包み込んでいくのが分かった。

私達を閉じ込めていた車の扉が開き、砂漠特有の目を貫くような太陽の光りが車内に差し込む。その直後、私達はまるで荷物でも持ち上げられるかのような調子で担ぎ上げられ、先程まで乗っていたトラックが立ち去ると同時に、地面へと叩きつけられた。渇いた土が舞い上がり、鼻と目に入る。

そしてその周りを、民族衣装に身を包んだ兵士たちが取り囲んでいる。

「随分な扱いじゃないかしら」

 ナージャが口を開いた直後、一人の兵士が激昂し、ナージャの背中を思い切り蹴りつけた。やがて、それに続くように次から次へと兵士たちが思い思いのやり方で私達を殴打した。ただし彼らはその手にある銃だけは撃とうとしなかった。

私達はただただ、その暴行に耐え続けた。肋骨の折れる感覚や脚の痺れる感覚、火を近付けられたような熱くて鋭い痛み、鼻から血が垂れ落ちる不愉快な感じが次から次へと迫ってくる。この暴力の嵐が収まった辺りで、最後に一人の兵士が大声を出す。

その声に呼ばれてきたのは、一人の少年だった。他の兵士と同じ服を着ているが、その背丈は明らかに十歳前後の少年のものだった。大人の兵士が彼に向かって何か言うと、少年は一瞬だけ迷うような仕草を見せた後、私の頭に向かって蹴りを入れた。そうした直後、周りからは拍手が起こった。

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