幸せの都市伝説

語り猫

『ぼくの神さまの話』1(お試し)

 黄昏時が過ぎた頃、夜闇に呑まれ行く校舎に隠れて残っていた少年少女ら机を囲むように集まる。

 紙の上に描かれた鳥居、その上に置かれた十円玉にそれぞれが指を揃えると、こう怪異をんだ。


 __こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでくださいませ。


 十円玉が『はい』に動きいたのを合図に、皆々が順に質問をいていく。

 ある少年は他愛の無い質問を。

 また、ある少年は自身の好きな異性の心の内を。

 ある少女は欲のままに有名人の個人情報を。

 また、ある少女は未来の事象の事を。


 彼らのほんの好奇心から遊戯はいつの間にか度の過ぎた戯れ言と化していた。

 そろそろと意欲の萎んだ頃に少年少女は口を揃えて、怪異を送り返す。


 __こっくりさん、こっくりさん、どうぞお帰りくださいませ。


 『嫌ですよ♪貴方たちからちゃんと対価をいただかないと……!』


 どこからともなく、その声は聞こえてきた。

 あるはずの無いその声に驚き、戸惑い、周囲を確認するが人影は一切として見当たらない。


 『どこを探しているのですか?』


 より鮮明に聞こえたその声の持ち主は、誰の意識にも入ることなく、少年少女らが囲んでいた机に座っていた。


 その現れた女性は、凛とした顔立ちに稲穂色の髪を後ろで二つにまとめている。

 真っ赤な瞳に左目のすぐ下には鳥居のようなアザ。

 ぴこぴこと動く獣の耳と、ふわりふわりと揺れる狐の尾が生えた、人ならざる者がそこに居たのだ。

 ざっくばらんなワンピースのような赤の和服に、淡い茶色の羽織をまとう、それに向かい一人の少年が誰だと叫びつける。


 その狐の怪異は一瞬唖然としたが、口元を振り袖で隠すとクスクスと震えるように笑う。


 『誰とは失礼ですね……ふふっ、貴方たちが喚んだのではありませんか』


 そう笑いを堪えながら返すと、一人の少女が何かに気がついたように急いで教室の扉を開けようとする。

 が、扉はピクリとも動きはしない。

 獣耳の女がひょいと机から腰を離すと、ふわり浮かび、逃げ出した少女のもとへ向かう。


 がくがくと震える少女にそっと手を差し出す。

 いやぁ、と小さく声を漏らす少女の肌に触れると同時に妖しい光が少女を包み気絶させた。


 『私はこっくりさん、貴方たちが喚んだ狐の怪異ですよ。……さて、逃げたり隠れたりしないで下さいね?ちゃんと対価をいただかないと♪』


 より一層とあわてふためく少年少女たちをいたぶるようなその目付きでゆっくりと追いかける。

 一人、一人と倒れていき、その教室にはその異様な怪異だけが立っていた。


 『あぁ、あと一人、あと一人で私は…………』


 そう言い残すと忽然と姿を消す。

 初夏の闇夜、その教室には気を失った少年少女らしか居なかった。


 ◇◆◇◆◇


 ……__昨日未明、行方不明だと思われた少年少女ら■人が■■小学校の教室で意識不明の状態で発見され病院に搬送されました。

 昨晩の事を伺おうにも意識がもうろうといていたり、突然大声を出して暴れたりなどと精心疾患の症状にさらされております、専門家はこれは一時的なショックが原因だと__。


 片手にペットボトルのジュースを持っている少年は、病棟の待合室を通りかかったとき、テレビから流れるニュースに、ふと耳を傾けちらりと画面を見る。

 病院の近くの学校が写し出されており、少年は立ち尽くすように少しニュースの内容を確認する。

 一段落し、次のニュースに移る頃に待合室に転がるリモコンで誰も見ていないテレビの電源を切った。


 嫌にしんと静まりきった、病棟の廊下。

 夏になったにも関わらず妙に涼しげな廊下の暗がりを小さくパタパタとスリッパの音を響かせながら歩く。


 505号室の前で足を止めると、彼は横開きの扉を開き音を立てぬよう静かに扉を閉める。

 少年の個室のようで、机の備えられたベッドが一台と来客用の質素な椅子。

 壁に立て掛けられたテレビと小さな引き出し付きの棚、その上には鉢植えで桃色の花が飾られていた。


 その鉢植えの横にに病棟内の自販機で買ったペットボトルのジュースを置き、カーテンを開け、鉢植えと同じ花の挿された花瓶のある窓をからからと音をたてながら開く。

 夏夜の涼しげな風が入って来る、夏の匂いを少し嗅ぐと少年はおもむろにベッドへと歩む。


 壁付けの蛍光灯を点け、ベッドに腰かけると机の方を向く。

 机の上には五十音や鳥居などの書かれた紙が置いてある。

 ポケットに入ったガマ口の小さな財布から十円玉を取り出すと、それを机の上の紙の赤い鳥居の上に置く。


 そして少年は小さく呼吸をして口を開く。


 『こっくりさん、こっくりさん、どうぞおこしください』


 その怪異を喚んだのだ。

 少年のあどけのない声が病室内に小さく木霊した。


 ◇◆◇◆◇


 どこかで自分を喚ぶ声がする。

 ふわりふわりと身体を浮かせ、徘徊していたこっくりさんは、獣の耳とピクリと動かしその声を捕らえた。

 自身の目的を達するために犠牲となる最後の人間の声が聞こえてきた。


 声は街でも一番大きな病院、その病棟の一室から。

 窓は開ききっており、容易にその犠牲者の元へとたどり着く。


 そこには、一人の少年が静かにたたずんでいた。

 まるで細い線で描かれたような、華奢で儚げで今にも消えてしまいそうにそこに存在する。

 深緑の髪が月明かりに照らされてきらきらと輝くその少年の手元には間違いなく、『こっくりさん』の怪異を喚ぶための道具があった。


 今回は早めに姿を見せてやろう。

 まどろっこしいことを抜きに早く目的を達したいという思いから、すぐ少年が気がつけるように実体化する狐の怪異。


 少年と指先が向かい合うようにすると十円玉を『はい』の方へ動かす。

 はっ、と少年が顔を上げる

 吸い込まれてしまいそうなほどの、濃い青の瞳は確かにふわりふわりと浮いている、その怪異を捉えていた。


 だが、この少年からは全くというほどに恐怖や後悔などの負の感情がない。

 その表情からはほんの少し驚いたような表情を見せたのだ。


 『やあやあ、少年くん』


 呆気の取られた少年をよそに、指を置いていない方の手をひらひらと動かす狐の怪異。

 にやりと妖しく笑って見せては言葉を続ける。


 『まずはご挨拶を、私はこっくりさん。今貴方が喚んだ怪異そのものなのですよ♪

 自身を呼ぶ上で敬称が付くのはおかしいかと思いますが、これと言って他の呼び方がありませんのでこう名乗らせていただきます』


 片手で裾を摘まむみ軽く一礼。


 『さて、少年くん貴方は私にどんなことを問うのですか?』


 夜の風がカーテンをばたばたと大きくなびく、雲に隠れ霞んだ月明かり、突如点滅を繰り返す蛍光灯。

 悪寒を感じてもおかしくないこの空気に少年は軽く笑う。


 少年が恐怖で壊れたものだと考えた、こっくりさんも笑顔を崩さずに向き合う。

 そして、少年は


 「あなたは、『神さま』ですか?」


 鈴のような声で、そう問うたのだった。


 規格外の彼の質問に妖しい笑みも緩やかに崩れ


 『………………え?』


 と気の抜けた声が漏れる。


 「あ、えっと、とつぜん呼び出しといてこんなことを聞いてごめんなさい!……きつねのれいって、おいなりさまって言う神さまになるって聞いたので、こっくりさんもそうなのかと思ってたんですけど……」


 笑みが崩れたことで機嫌が悪くなってしまったのではないかと、わたわたと説明をしようとする少年。

 的を射るような、逸れているような、それでも必死にどうして喚んだのかを言葉で紡ぐ。

 それは決して命乞いのようなものではなく、真摯に迷惑じゃなかったのか、言葉が足りなかったのではないか、意思の通じ会うものとして当然の対応をしたのだ。


 今までの人間のように私利私欲に任せた質問ではなく、純粋なる興味、自分自身の事を問われることになるなんて。

 それも、怪異の事を神様かを確認するなんて。

 それはなんて、なんて。


 __皮肉が効いているのだろう。


 神様に成りたい私に『神さま』なのかと問うとは本当に皮肉が効いている。

 神様に成るために人にある微量の妖力を奪って来たのに、こんな感情を向けられたら、興味を誘っててしまう。


 神さまと称されること、そう思われること。

 駒のように人を使えること。

 それはあまりにも魅力的であると思ったのだ。


 神に成って信者が出来るのを待つのも億劫だ。

 なら、この少年だけでも擬似的に信者にして優越感に浸ってしまおうではないか。


 既に彼は獲物だ、それをいつ喰らっても構わないだろう。


 クスクスっと、袖で口元を隠し先程よりも妖艶に笑うと少年に告げてやった。


 『……そうです、私は神様、神様なんですよ♪』


 気まぐれに答えたそれに、ぱっと少年の表情が明るくなる。

 月にかかった雲が避け、鮮明な月光が注ぐ。

 月明かりに包まれる少年の瞳は曇りなどない、淀みなんでない染み渡った空のようにその言葉を信じたようだった。


 自身の好奇心と優越感からついた嘘。

 十円玉越しの嘘。


 これは、彼に神様だと嘘をついたこっくりさんが

 彼の『神さま』になる、


 そんな話。

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幸せの都市伝説 語り猫 @Katarineko299

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