フラファタ事件_執筆後記
フラファタ事件をお読みいただき、ありがとうございます。作者の栗印緑です。
ここからは編集後記ならぬ執筆後記として、あとがきとも蛇足ともつかない諸々を吐露させていただこうかと思います。
今回は、強さに慢心して足元をすくわれた格好のスコウプくんでした。若さってやつですかね……単におバカなんですかね……。
書きあがってみたら、あれっこれ前半の拷問シーンあんまり必要ないな!?と気づいてしまいそうになったんですが、今作の最初に立ち上げられたプロットは、
・無実の罪で捕まって瀕死(栗印的サービスシーン)
・誤解が解けて、傷を癒しつつ真犯人を見つける
・スコウプを捕まえたやつら、詫び入れメンバー入り
という組み立てだったので、あとの諸々は全て、私の中ではおまけみたいなものでした。むしろ後半、事件の真相部分は随分ボリューミーになったなと我ながらびっくりしております。どれだけノーアイデアだったかというと、書き始めた段階で、エリヤ姫の母親のことなどまったく設定していなかったくらい。一体どこに着地するつもりだったんでしょうか私。見切り発車にもほどがあります。最終的に(たぶん)矛盾なく収束して、一番ほっとしたのは、スコウプでもウォルス卿でもなく、私自身だったのは間違いありません。
ですので、拷問からの大暴れを描いた後、かなり長いこと、筆が進まず放置することとなってしまいました。本来なら2月中に完結させる腹積もりだったのですが、まさかの6月末にようやく、といった状態。ですがそのぶん多少は描き込めた感があり、無駄ではなかったかなとは思っています。特にフラハ族との戦闘シーンなどは、初稿ではだいぶ拙く、短いうえに粗雑でした。改稿の筆が乗るうちにまさか、柔道技が繰り出されるとは思ってもみませんでしたが。
戦闘と言えば、今回、初めてスコウプが人を殺すシーンが入りました。手慣れた様子で流暢にぶっ殺しておりますが、実は対人戦、入れるべきか否か10年以上迷った部分でもあります。
我々現代日本人から見ると、理由はどうあれ、人を殺す人間に感情移入というのはなかなかしにくいものです。だからこそファンタジーには魔物が存在すると言ってもいいくらい。ですので当初は、スコウプは、というよりこの世界の冒険者は魔物ハンターで充分ではないか、と考えていました。冒険者のランクをハンターと呼称するのも、そのあたりが由来です(とはいえ実は、ゲーム「モンスターハンター」が世に出る前に命名しているので、ハンターという言葉がここまで特定のゲームやモンスターを想起させるようになるとは思ってもいなかったのですが)。
が、それではA級ハンターの持つ「斬り捨て御免」が効いてこない。法的に可能でも実際は倫理的に人殺しができない、ということになっては、そんな条文を持たせておくこと自体が無意味、むしろ主人公の弱さを際立たせてしまいます。迷った末、若いころに野盗狩りに参加した、という経歴がつきました。けれどまだこの段階では、本文で人を殺すシーンは描かないほうがいいかな、と考えていたんです。
でも。よくよく突き詰めていくと、対人戦をしないのに主武器が剣、というのは大変に不自然なんですね。有名どころのRPGには申し訳ないのですが。剣って基本的に、対人に特化した武器だと思うのです。私の不勉強かもしれませんが、動物相手の狩猟に剣だけを使うという民族は現実では聞いたことがありません。古代にさかのぼってさえ、狩猟に使うのは圧倒的に投石や弓や投槍、基本的に遠距離武器です。銃が発明される以前の世界では、遠距離武器を盾で避けることができる人間という敵に対して効率的だったのが、剣だったのだと私は解釈しています(馬上からの長柄武器のほうが戦場では強いですが)。
それでも対人戦を避けるなら、主武器を変えるか、人型の魔物を多く登場させるしかありません。けれどやっぱり剣はファンタジーの花形ですし、これは手放したくない。とはいえ人型の魔物もまた扱いが難しいものです。人に似て、人に近い戦闘ができるだけの知性を持つとなると、それはもう人の一種なのではないか、少なくともむやみに殺すべきではないのではないか、と感じてしまうジレンマ。
そこまで考えるなら一思いに、作中で人を殺めてもらいましょう、と吹っ切れるまで10年かかりました。やるからにはなるべく序盤に、世界観として織り込める時期にやっておかないといけません。本当は前作に入れておきたかったのですが、スコウプくんったら主人公のくせに飲んだくれてそれどころではなかったので今作での描写となりました。
ところでネーミングと言えば、です。今回は登場人物もそれなりに多かったので、たくさん固有名詞が出てきました。
私自身は、固有名詞は記号の一つと思っていて、遊ぶことはあってもこだわりはありません。本当ならばその土地で話される言語の系統をイメージした上で、類推される人名や地名をつけるべきなのでしょう。ですが、そこまで意識していないというか、なんとなくこの世界って、多種の言語をこまぎれにしてサラダみたいにごた混ぜにした上で数百年かそれ以上暮らしてしっとり馴らした感じなんじゃないかな、なんて勝手に感じています。確証はないですけど。
第一、主人公からして「スコウプ」ですもん。なんでスコープじゃないのかと。っていうかスコープってなんじゃい覗き見大好きっ子か、とセルフツッコミを入れるくらい、もはや由来が記憶にありません。なんとなく、中学生のころ小説を書いていた友人の作品名が「SCOOP(スクープ)」だったことと関連していたような、スコープでは流石にかっこ悪いなと思ったような記憶はあるのですが。姓のネレイドについては、当時大好きだったゲーム「ゼロ・ディバイド」に登場するサソリ型のロボットのようなものの名前を貰ったことは覚えています。が、なぜサソリロボなのかは全く記憶がありません。私の好きだったのはドラゴン型のドラコだったのに。(ちなみに、ネレイドがギリシャ神話で海のニンフを表す、ということを恥ずかしながらつい先日知りました。スコウプのご先祖は海辺の一族だったのかもしれません。父親が常夏のネップ島に腰を落ち着けたのもなんだか頷けます)
プライムについてはおぼろげながら、英語の辞書で良い意味の単語を引いて考えあぐねた記憶があります。今でこそAmazonのプライムサービスなどをはじめよく耳にする単語の一つになっていますが、当時はまだテレビのプライムタイムという言葉すら一般的ではなく、日本語としてメジャーな単語ではありませんでした。そのため、実はものすごく変な使い方をしていたらどうしよう……とドキドキしていたものです。
お好きな方にはまるわかりでしょうが、ウォルス家の男たちの名前は紅茶からいただきました。祖父がフォートナム、孫がハロッズなので、名前の出てこなかった父親はトーマスとかリプトンあたりかもしれませんが出てこなかったのでわかりません。あるいはトワイニングかしら。
メイシアに至っては、こんなにキーキャラクターになるとは思ってもいませんでした。メイドだから、メイなんとか。後ろにそれっぽい二文字をあてがったというお粗末さであります。それにしてもメイシア、もう少し大人びた、清楚にして妖艶な魅力を出してあげたかったのですが、私の筆力のなさゆえスコウプくんが胸のサイズばかりに注目するので、うまく引き出せなかったのが悔やまれるところです。
けれど、どの名前も、馴染んでしまえば彼らのもの。一度慣れてしまうと、よほどの不都合がない限りあとから変えようという気持ちにはなれないでいます。正直なところスコウプについては、初投稿前に改名も検討しました。でも、スコウプがスコウプを名乗らなかったら、私の中では別の作品になってしまう。20年以上脳内で同居してきただけあって、その存在感は強烈でした。
名前の由来はどうあれ、一度名を持ち生を受けたキャラクターとは真摯に向き合い、手駒ではなく人間としての行動を見せてもらわなければ、それを文章化する私自身が納得できません。これからも、雑にネーミングしつつも各キャラクターの意志や想いを大切にしていきたいと思っています。
一つだけ、お詫びです。今作では意識的に、既存の意味を持つ単語を新語のように再定義し意味を付与してしまいました。「禁呪」という言葉です。
帝国という権力に禁じられた魔法、という使い方をしましたが、本来の意味は道教などにおけるまじないや呪法そのもののことなんですよね、禁呪って。本来の意味における「禁」の意味はさしずめ「control」といったところでしょうか。分かってはいましたが、ものすごく使いやすい単語だったもので、我慢できませんでした。この禁呪という言葉、今後もことあるごとに登場しそうですが、本来はこのような意味を持たない栗印の勝手な造語であること、ご承知おきください。
さて、旅の仲間と馬車を手に入れ、ゲームならいよいよ本格的にプレイ開始、といったところ。見るからに団体行動が下手そうな主人公ですが、うまくパーティを取りまとめられるでしょうか。まだまだ距離感のある仲間たちですから、次回はそれぞれの人となりやお互いの過去を知って、親睦を深めあってほしいところです。今作に引き続きお目通しいただければ幸いです。
2019.06.17 栗印 緑
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