十六歳のわたし第5話
「…………ん」
目を覚ましたら、体がとても痛かった。
それになんなの、この浮遊感。軽い頭痛。意識がなかなか、はっきりしない。
頭の痛みはそれほどではないはずなのに、考えがうまくまとまらない。
「あとどのくらいだ?」
「一週間はかかる。だが、楽園はもうすぐだ。そうでしょう? 先生」
「ああ、君たちは見事、悪しき魔女を捕らえた。『クーラの神』は大層お喜びだろう。君たちは間違いなく、楽園行きだ」
「…………」
「これで、死んだ父や母にまた会えるんだな……!」
「ああ! 『クーラの神』よ!」
「…………」
目を閉じたまま、会話に聞き耳を立てた。
体に特別痛いとか、縛られている、みたいな感覚はない。
でも、動かない。
頭も、うまく働かなかった。
会話の中身をぼんやり聞くのが精一杯。
会話の中身は、絶対いい感じじゃないのに……。
「さあ、休憩は終わりだ。幻獣どもに気づかれる前に『エデサ・クーラ』領へと入らねばならん。急ぐぞ」
「はい、先生」
「よし、あと一息だ。もうすぐ父さんと母さんに会える……」
「ああ、俺も家族に会えるのが楽しみだ」
「やっとだもんな。……本当に、長かった」
父さんと、母さんに。
かぞくに……会える。
とても嬉しそうな、弾む声色。
優しくて、懐かしそう。
でもなんだか……なんだろう——。
とても、嫌な感じがするのよ。
がたん、ごとん。
がたん、がたん。
荷馬車のような音。
目を閉じたまま音に集中した。
考えがうまくまとまらなかった。
声は聞き覚えがある人もいる。
ルゾンさんとギブソンさんだ。
あとは知らない……。
がたん、ごとん……。
がたたん、がたたん。
どのくらい時間が経ったのだろう。
ほんの少しめが開く。
真っ青な空……ではなく、真っ暗な闇。
『
なんだかまた大きくなったように見える。
気味が悪い。
がたん、がたん、ことん。
かたたん、がたごとん。
だんだん道が悪くなっている気がする。
でも、その割になんの振動も感じない。
もう少しめを開く。
ぼんやりするけど……なにやら文字が浮いてる?
見たことのない文字ではない。
旧時代語?
魔法を使う時の言語だわ。
なんでそんなものが浮いてるんだろう?
それに、飲まず食わずなのに喉が乾かないしお腹が減らないのもなんだか変だな。
「はあ、はあ……」
「がんばれ、あともう少しだ!」
「あ、ああ!」
……人の声が必死なものになっていく。
この人たちは、故郷に帰るのだろうか?
わたしはどうなったんだろう?
だんだん、頭がまともに働くようになってきた。
でも、不思議と体は動かしづらいまま。
「…………」
思い切って目を開けられるところまで開けてみた。
暗い……。
けど夜ではないわ。
『
それに、すごく変な空気。
目を細める。
あれは…………壁?
「っ!」
浮いている文字が、体に纏わり付いている!
この文字、一つ一つが『拘束』の意味を持つ魔法だ。
す、すごいな……こんなレベルの魔法が使える人がシィダさん以外にいるなんて!
「おや、ようやくお目覚めか。ずいぶん呑気に寝ていたね」
「…………」
起きたのがバレた。
恐怖で喉が引きつる。
白い鎧の五人の騎士……ルゾンさんとギブソンさんと、その仲間。
その人たちを先頭で率いていた、白い髪の老人。
白く長いローブに身を包み、口許には歪んだ笑み。
なにより驚いたのは、その老人のローブに刻まれた紋章だ。
『ダ・マール』白の騎士団の紋章じゃない……!
この人、白の騎士団の魔法使いだ!
「自己紹介しておこうか。アタシは『ダ・マール』白の騎士団のメディル。さて、あんたはなんで『ダ・マール』の騎士が自分を捕まえて運んでいるんだろう、と思っているね?」
「…………」
その通りだけど、理由ならいくつか思いつく。
お父さんやレンゲくんに色々と、たくさん注意されて……されてたのに捕まってるわたしって……。
「答えは簡単さ、フェレス・クーラ女王がアンタをご所望だからだ」
「……!」
いくつか、捕まる理由は思い至るけれど……告げられた理由は思いもよらなかった。
それは聞かされていた『聖女を欲しがる』国の理由ではなかったからだ。
————『フェレス・クーラ』。
『エデサ・クーラ』の女王じゃない……!
なんでそんな人がわたしを!?
……いえ、少し考えれば簡単だ……。
『エデサ・クーラ』は『意思持つ
当然、その国の女王の中身は『意思持つ
『
少なくとも二千年前の『意思持つ
その目的はレンゲくんにより阻まれたけど、当時はすでに『
そんな邪悪な存在に乗っ取られて支配されていると思われる国……それが『エデサ・クーラ』。
わたしの故郷、同族を……額の珠霊石を奪うことを目的に襲った。
——仇の国だ。
その国の……女王。
体が恐怖と怒りで震える。
どうして『エデサ・クーラ』と敵対している国の筆頭である『ダ・マール』の騎士が、わたしを女王のところへ連れて行こうとしているの?
所望ってことは、女王がわたしに会いたいってこと、よね?
まさか。
珠霊石をわたしの同族から根こそぎ奪った女王。
その女王が、わたしを望む理由。
そんなの、一つしか浮かばない。
ーーわたしが珠霊人の生き残りであると、バレた……。
「っ!」
「無駄だねぇ。その拘束魔法は魔物だって締め上げる。非力な小娘にはどうすることもできんさね」
「…………」
「お前は女王の物になるんだ。女王陛下がお前をどうするつもりなのかは知らないが、『クーラの神』の化身たる女王陛下に生きたまま望まれるなんて、光栄なことなんだよ。聖女なんて呼ばれていい気になっていたんだろうけど、女王陛下はお前を魔女と呼んでいた。きっと惨たらしく殺されるんだろうね」
惨たらしく、殺される。
きっとわたしの同族たちのように。
額の珠霊石を取られるだけならいざ知らず、一体どんな風に……?
…………いいえ、そんなことにはならないわ。
「生意気な目だね。助けなんか来ないよ」
「…………」
「…………。フン!」
この人と、話すのは無駄だと思った。
目が澱んでいる。
ルゾンさんやギブソンさんも、わたしを敵のように睨みつけていた。
それは、なんとなく悲しい。
でも、わたしには確信がある。
レンゲくんが必ず助けに来てくれるという、確信が。
わたしの体を覆い尽くす、薄い黒の球体の形のバリア。
その中に浮かぶ拘束の文字。
そして、多分だけどバリアの外側を包むような帯。
これはわたしの生命維持装置のようなもの。
飲まず食わずでも死なないように、一定量の『
扱いは思ったよりも悪いわけではない。
体の自由は一切きかないけれど、彼らはわたしにこの拘束魔法以上の暴力をふるうつもりはないと見える。
女王にそう命じられていたのかしら?
「ようやく着いた……」
「これで家族のいる楽園に——」
またしばらく歩くと、遠目から見えていた高い壁にたどり着いた。
遠くからも高い壁だと思っていたけど、近くで見ると本当にとんでもなく高い。
『ダ・マール』の外壁よりも高いと思う。
もしかしなくても、ここが『エデサ・クーラ』?
こんな形で来ることになるなんて……。
どこか恍惚とした声色の騎士たちは、壁に沿うようにまた歩き続ける。
そして、ようやく大きな機械兵士が守る門が見えた。
……そういえばわたし、機械兵士をこんなに近くで見るの初めても。
暗いからよくわからないけど、ものすごく寸胴なバナナのようなラインの顔と胴体が一体化してて、それに手足がついてるみたい。
色は……青系かな?
すごいなぁ。
わたしの前の世界でも、動くロボットなんて身近にいなかった。
白ロープのメディルさん、だったかな、が声をかけると『音声認証確認』と機械的な声で目を光らせ、門を開く高性能ぶり。
すご……。
なるほど、確かに『サイケオーレア』辺りが技術を欲しがってるっていう噂もわかる。
魔法や錬金術が発展している中で、『エデサ・クーラ』は機械科学が進歩しているんだ。
利用方法さえ間違えなければ素晴らしい技術力だろう。
「ここが『エデサ・クーラ』……」
騎士の誰かが呟いた。
わたしも、その声に目線を町へと向ける。
門をくぐるとしばらくは荒れた土地が広がり、その奥に町が見えた。
白煙があちこちから登り、高い建物が多く、そのずーっと奥には海が見える。
……海、だと思う。
暗くてよくわからないけど、海の匂いや波の音が微かに聴こえるもの。
わたし、この耳なので普通の人よりは少しだけ耳がいい。
地図上でも『エデサ・クーラ』は海に面した国だったはずだし。
でも、白煙が多いせいか空が分厚い雲に覆われていて、それでなくとも『
「よ、よし、もう一息だ……」
「国内に入ったんだし、少しくらい休んでもいいんじゃないか?」
「早く家族に会いたいと思わないのかい? その小娘を城に届ければ、楽園に行くまでのんびり休めるさ。踏ん張りどころだよ」
「わ、わかりましたよ……」
楽園。
家族。
……なにを言ってるのかしら?
まあ、多分この人たちは『意思持つ
『クーラの神』を隠れ蓑に、都合のいいことばかり並べて統括する……どこの国でもやっていることではあるけど、この国はその方向性がひどい。
それにしても、この人たちなんで荷馬車を人力で動かしてるんだろう?
ここまで来る経緯がわからない。
薬のようなものを嗅がされて、ぼんやりとしていたからな……でも、少なくとも馬に乗って来ていたはず、よねぇ?
まさか、馬が潰れてしまうほど休息もなく移動してきたのかしら?
「……………………」
デイシュメールから『エデサ・クーラ』までは馬で休みなく移動しても一週間くらいかかるんじゃないかな……多分。
魔物に遭遇しても、わたしの中にある『
もし、『エデサ・クーラ』の女王の中に『意思持つ
逆にチャンスかもしれない。
レンゲくんは、わたしがいないことをとっくに気づいてくれてるもん。
もしかしたら、もうこの国の中に来てるかも……。
うん、とにかく大人しく女王の前まで行ってみよう。
どうやら丁寧に案内してくれるみたいだもの。
怖いけど……怖いけど……!
大丈夫、わたしには『
きっと大丈夫……!
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