十三歳のわたし第16話


 さて、お城の前まで来たわ。

 ビルの二階くらいはありそうな石垣。

 周りは三メートルほどの水が溜まった堀がある。

 水が溜まっているからどのくらいの深さがわからない。

 でも水には流れがあるから、多分水路から引いているのね。

 シンセンさんが前へ出て、堀の縁に手を突っ込む。

 ギョッとしていたら水の中から長い棒を拾い上げた。

 先端にかぎがついている。

 それを石垣のある部分へ伸ばす。

 鉤が小さな穴に引っかかり、それは至極軽い力で開く。

 そう、石垣だと思っていたところは石垣に偽装された鉄板だったのだ。

 開いたそれがそのまま橋になり、ぺそん、と縁にジャストフィット。

 あまりに軽そうだけど、強度は大丈夫なの? これ……。


「さ、行こう」

「う、うん」


 レンゲくんは普通に入っていく。

 お父さんが後に続き、足で鉄板を踏みしめる。


「思ったより強度があるな。大丈夫だ、ティナ」

「はい」


 手を差し出されて、それに手を重ねる。

 …………右手だった。

 なんとなくその温もりが嬉しくて顔が笑ってしまう。

 ナコナとの手合わせで「負けた〜」と嬉しそうに嘆いていたお父さんは、レネをしごいて悔しさを発散させ、娘の成長に対する喜びにご機嫌になっていた。

 まだ勘は戻っていないと言っていたけれど、やはり利き手での剣の扱いは左手とは全然違っていたのよね。

 素人目からもわかるくらいだもの。

 なんだかんだと言っていたけれど、根っから騎士なんだろうなぁ、この人は。


「……はあ、はあ……はぁ……」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫……!」

「ほんとか?」


 なんて余裕こいてられたのは五分だけ。

 な、なに!? なんなのこの長い階段は……!?

 山の上にある神社かお寺にでも、行く時のような……。

 途中の踊り場には扉が左右にあるのに、それを総無視!

 レンゲくんもお父さんも……というかわたし以外みんなけろりと登ってるけど、五分以上かかる階段って普通にやばくない?

 しかし石垣の高さを考えればビル二階分は間違いない。

 しかしビル二階登るのに五分はかからないでしょ。

 五階とか、六階相当に、はあ、な、ならない?

 え? わたしの体力的問題? コレ。


「だが確かに長いなこの階段……どこまで続いてる?」

「建物の二階くらいかな?」


 ……およそ四階から五階……?

 ほ、ほんとに? 絶対それより高くない……?

 踊り場三回は通り過ぎたわよ……?


「背負いましょうか、聖女様?」

「へ? い、いえ……」


 エウレさんににっこり微笑まれ、息切れしつつもお断りした。

 あ、そうだ、その『聖女様』ってやめてもら……。


 くぅううぅ。


「…………」


 お腹が情けのない音を出す。

 これには疲れも忘れて赤面してしまう。

 だ、だって、いつもなら朝ごはんの時間……。


「上に着いたらまずご飯かな」

「そうだな。腹が減っては戦いには勝てない」

「僕ら戦いに行くわけではないよ?」

「なにがあるかわからんだろう?」

「だとしても僕らより強いものなんて出てこないよ」

「じ、自信満々だな?」

「そりゃあそうだろ! 俺様たちは幻獣だぞ! 世界で最も強く気高い生き物だ! ふははははははは!」


 お父さんとレンゲくんのやりとりに、レヴィさんが両手を腰に当て、胸を張って高笑いし始まる。

 幻獣か。

 世界で最も強く長寿と言われる生き物。

 レンゲくんも三千年以上生きてる。

 こんなに見た目は若いお兄さんなのに。


「特にレンゲ様が行けば『戦い』になどならねぇな! この方は世界最強の幻獣だぞ!」

「なんでレヴィが偉そうにするの。あと、そういうのいらないから」

「に、兄様〜」

「甘えた声出しても無駄」


 と、レヴィさんを切り捨てる。

 釣れないお兄様ね〜って…………。


「浮かすよ」

「は?」


 先頭を歩いていたレンゲくんが降りてくる。

 私の腰に腕を回すと、足元がふんわりと浮かんだ。


「ヒッ!」

「はい、行くよ」

「え? あ、あのちょっ」


 まるで体重がなくなったみたいに……でも、階段に付かない三十センチほどが浮遊している。

 腰に回された手は、わたしの右手を掴んでいた。

 それほど高くないけど浮遊感は苦手だ。

 でも、なんというか——。


 楽。


「風船みたい」

「フウセン?」

「なんでもないです」


 ふよふよと低空飛行のまま、目的地らしい大広間へと辿り着いた。

 浮いていたので疲れていたわけではないのだけれど…………あ、いやこれ違うわ、大広間じゃない。


「な、なにこれー!」

「まるでダンスホールじゃねぇか!」


 そこは所々に柱はあるもののお父さんの言う通りダンスホール。

 赤い絨毯が敷き詰められ、伴奏隊の鎮座するであろうステージ、高い天井と豪華なシャンデリア。

 おとぎ話や映画で見るような光景に目が点になった。

 だ、だってここ、お城とはいえ、要塞と呼ばれてたのよね?

 なんでこんなものが?


「『デイシュメール要塞』は『エデサ・クーラ』の先先代の時代に造られた要塞。『エデサ・クーラ』の先先代の王は建築家でもあった。先先代の遺した建築物は堅固であり、豪華だ。先代の戦好きが先先代の建築物をある意味有効活用して、あの国はより力を付けたんだよ」

「じゃあこのお城、歴史があるの?」

「そうだね、二百年くらい」

「二百年前の建物だと思うとゾッとするな。これほどの建築物だったとは……」


 お父さんが改めて突如現れたダンスホールを見回す。

 もうこれ一キロとか二キロあるんじゃないの? ってくらい広い。

 まあそれは大げさかもしれないけど、何坪あるんだろう、一体。


「階段の途中にあった扉の奥はほとんど迷路のようだったよ。階によって全て構造が違うんだ。部屋のほとんどは兵の詰所だろうね。ここから上は客間や応接間、執務室など。その上が位の高い将などが使う部屋。で、レヴィが壊したところが謁見の間や王族の寝所だと思われる」

「うっ」


 レンゲくんがざっくり城内の説明をしてくれる。

 そういえば一番上の方かなり壊れてた。

 謁見の間とか、王様たちの寝所ならなくても困らないけど……雨が降ったら水漏れで大変そう。

 早めに直していただきたいわね。


「でもまずご飯だよね。食堂はこの階の上に大きいのがあったよ」

「厨房は?」

「厨房は食堂の向かい側。お風呂は各階にあるし、上の部屋は全て隣室が浴室になっていた。ああ、食堂もここより上の階には全部あったね。……一番上の階は壊れていてわからないけど」

「うううっ」

「そ、そろそろ許してあげて……」


 レンゲくんがネチネチモードだ。

 レヴィさんがそろそろ可哀想だよ。


「食材があれば自分で作ってくるけど」

「うん、そういうと思ってシンセンに頼んでおいた」

「ご安心召され、聖女様! 聖女様が好まれそうなものをたくさん用意しておきました故!」

「ありがとうございます」


 じゃあ、上の階に……また登るのか……。

 いや、一つ上なら大丈夫!

 終わりが見えると頑張れる!


「あ、そういえば……あの、皆さん、わたし……」

「ティナ危ない!」


 階段を登り始めてすぐに思い出した。

『聖女』というのをやめてもらおう。

 それを言うために振り向いたら、レンゲくんの顔がとても近い。

 は、はえ?


「大丈夫? 無理しないでって言ったのに」

「大丈夫か、ティナ!」

「え? えーと……」


 事態が飲み込めません。

 ……あ、でも足がカクカクしているのはわかります。


「…………ごめんなさい」


 ……なるほど、落ちかけたのか。

 レンゲくんが受け止めて助けてくれたのね。

 そ、それにしても落ちかけて気づかないほど足がカクカクしていたとは……な、情けない!




 ま、まあ、そんなわけでお父さんがご飯を作ってくれることになりました。

 お父さん、広い厨房は慣れてないから大変じゃないかしら?

 うーん、心配だけど……。


「治癒魔法かける?」

「あ、大丈夫。……そうだ! 疲労回復薬があったはず! …………持ってきてなかった」

「諦めて休まれてください」

「はい、ありがとうございます」


 レンゲくんが心配そうに声をかけてくれる。

 下級と上級の治療薬と、造血薬、上級異常状態回復役。

 ポシェットに入っているのはこの四つ。

 エウレさんがお茶を出してくれて、お礼を言ってそれを受け取った。


「えっと、そういえば平原に行ったらなにしてたらいいの?」

「僕が魔物を集めて、ティナがいる場所へ転送するから少し離れた場所で待っててくれたらいいよ。護衛にレヴィとエウレをつけるから、まずは自分の効果範囲を把握してほしいな」

「そ、それだけ?」

「うん」


 なんか本当に思ってたのと違う……。


「ほらよ、できたぞ」

「ありがとう、お父さん」


 お父さんがサンドイッチを作って持ってきてくれた。

 野菜とハムとバターのみのシンプルなもの。

 これが定番!

 ……はっ!

 そういえばサンドイッチって前世の世界だとマヨネーズベースのソースとか使われてなかった?

 マヨネーズなら作れるし、サンドイッチに合うソースを入れたらランチで人気が出るんじゃない?

 ソースっていう発想はこの世界にはないはずだし、サンドイッチは冒険者たちのお弁当としてテイクアウトを始めてみるとか……!


「お前らは本当にいらなかったのか?」

「うん。僕らは基本的に『レビノスの泉』の水を飲めば十分なんだ」

「へ? 幻獣の飯って水なのか!?」

「水は水だけど『レビノスの泉』は『原始魔力エアー』が大量に含まれてる。厳密に言えば『原始魔力エアー』を摂っているんだ」

「それで事足りるわ。他の命を喰らわねば生きていけん劣等種族なんぞと一緒にすんじゃねーよ」

「レヴィ」


 頭が痛そうに、レンゲくんがレヴィさんを咎める。

 エルフが人間を見下す話はよく聞くけど、幻獣も人間を快く思っていない種が多い。

 でもまあ、ドラゴンにそう言われるのは仕方ないと思うのよね。

 やっぱりドラゴンって特別な感じあるし。

 注意されたレヴィさんは居心地悪そうにしてるけど、わたしも、多分お父さんも気にしてないわ。


「ご飯食べ終わったら部屋を見に行く?」

「うん、でも……そんなにのんびりしてていいの?」

「状況は『視ている』から大丈夫」

「みている?」


 どうやって?

 と、聞くとレンゲくんは額を見せてくれた。

 レンゲくんの黒い前髪の下には不思議な模様に包まれた目が開いている。

 ギョッとするわたしとお父さん。

 額に、三つ目の眼!


「遠見の眼だ。シンセンも持っている。エウレも似たような魔法が使えるから、衝突が近くなれば転移すればいいよ。本当ならティナにはこの要塞にいてもらってもいいくらいなんだけど……」

「聖女様の父君は『ダ・マール』と強い繋がりを持つと聞き及ぶ。『エデサ・クーラ』の中身次第ではレンゲ様がニンゲンの国々と協力することも吝かではないと申されている」

「その橋渡しをお願い致したいのです」

「え!」


 冷静にお父さんへ交渉を始めたレンゲくんたちと、それを全く『知らされてませんけどォ!』みたいなレヴィさん。

 え、ええ……みなさんのレヴィさんの扱い〜……。


「協力……。『原喰星スグラ』のこと、か?」

「それ込みかな。『エデサ・クーラ』の中身が僕らの予想通りなら、ヒトの手には負えないだろう。当代の『太陽のエルフ』の力を借りることをオススメするよ。あ、分かる? 『太陽のエルフ』」

「シィダさんですか?」

「ん?」

「え?」

「おや?」

「なに!?」

「…………え?」


 四人が変な顔をする。

 え? わたしなにか変なこと言った?

『太陽のエルフ』って、シィダさんのことでしょ?

 本人何回も主張してたし。


「え? ティナ、君、当代の『太陽のエルフ』と知り合いなの?」

「え? う、うん。シィダさんはわたしの魔法の師匠的な……?」

「な、なんと! さすが聖女様!」

「驚きました。当代の『太陽のエルフ』とすでにお知り合いであるばかりか……師弟関係とは!」

「え、え?」


 レヴィさんはあんぐり口を開けたまま。

 ええ? そ、そりゃ確かにこの間聞いた『太陽のエルフ』の逸話はものすごいものだと思うけど……。

 そ、そんな全員で驚くほどのことなの?

 それにシィダさんはエルフというよりエロオヤジのような……。


「『太陽のエルフ』はエルフの国『フォレストリア』の至宝『レェシィ王の魔本』に選ばれた者の称号。あの魔本を開ける才能の持ち主の弟子! 実に素晴らしいでございます! 聖女様!」

「そ、それで? 当代の『太陽のエルフ』はどんな呪いが現れているの?」

「の、呪い!?」


 なになになに!?

 なんかどんどん話がすごい感じになってるよ!?

 レンゲくんが息を飲むように聞いてくるけど、わたしシィダさんに『呪い』の話なんて聞いたことないんだけど!?


「レェシィの書いた魔本は『地』『水』『火』『風』『金』『木』『雷』『氷』『闇』『聖』『時』『無』……全ての属性が使える代わりに、『王の特権』という呪いがかけられている。強大な力を悪用されないために、レェシィ以外で魔本を開ける才能がある者へ、なにかしらの『負荷がかかる呪い』が施してあるんだ」

「そ、そうなの? シィダさんそんなこと一言も言ってなかった……」

「そ、そう……。まあ、自分から弱点になりそうなことをベラベラ話す者もいないか。……でも、そうか。ティナは当代と知り合いなのか。ふむ……。じゃあ呪いの話は置いておいて、当代はどんな人物? 協力とか、頼むとしてくれそうな人?」

「えっと……」


 なんと言えばいいのだろう。

 頭の中では、腕を組み、残念な感じに満面の笑みを浮かべたシィダさんが『ははははぁ! オレに頼みだと!? 多少成長した乳でも揉ませてくれるのならなんでも言うことを聞いてやろうではないか! ただし十揉みにつき一つだけな! ははははぁ!』と、大声で叫ぶ姿が……。

 う、うーむ……。


「多分」

「本当? それなら……」

「胸かお尻を触らせるよう要求されると思う」

「…………。これだからエルフは」


 と、誰かが呟いた。


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