うちの娘たちはこんなにも可愛い



 元妻と出会ったのは『ダ・マール』の食堂。

 そこで働いていた彼女に「一目惚れしたの」と人生初の告白を受けて、結婚に至った。

 今思えばなんと浮かれていたことか。

 ほとんどなにも考えずに結婚した。

 俺は若かったから、勢いで結婚したと言ってもいい。

 彼女は美人で、あの界隈では評判だった。

 そんな女性を射止めたことに、ただ浮かれていたのだろう。

 遠征を成功させて帰ったあとの城で行われる祝賀パーティー。

 彼女はあのパーティーがとにかく大好きだった。

 命がけで戦い、帰ってきた勝利の宴だ。

 俺だって祝賀パーティーは好きだし、彼女がそれに大喜びでついてきてくれるのも嬉しかった。

 だが、彼女は俺より少し年下の『赤の騎士団』当時副団長のロンドレッドとダンスを踊り、ワインを傾け合う。

 何度も声をかけて、軽く注意したが「パーティーなんだ」と言われると強く出られない。

 そうだな、ここは……喜びの席。

 祝いの場で嫉妬を晒すなんて騎士としてみっともない。

 そう、言い聞かせていた。




「ロンドは私を嫌いなのだ」

「リコー、そろそろやめておけ〜。明日も仕事だろ〜?」

「なんだ、またリコの愚痴酒か? おい、黒の宿舎でやってくれ、ここは青の騎士団宿舎だそ」

「……聞け! ディール! ロンドがまた休みに先約を入れていたんだ! ……やはり父に言われたから、仕方なく私と結婚したんだ! ううう〜!」


 ……と、机に突っ伏して嘆く大柄な女をリコリス・アヴィデ。

 泣きながらも酒瓶は手放さない。

 人の庶務机の上で酒を飲む、愚痴と涙を撒き散らす。

 迷惑な客だが夫、ロンドレッドのことを愛している故なのだと思えば可愛げも感じるものだ。

 こんなに想われて、ロンドレッドはなにが気に入らないのか。

 そりゃ、彼女は女にしてはデカイ。

 背も肩幅も背中も……下手したら俺より体格がいい。

 だが胸も尻もデカイぞ。

 まあ、顔は右半分が錬金術の実験の失敗とやらで吹っ飛んでいるが……左半分は整っている。

 ちゃんと美人の部類だろう。

 ……全体的にデカイがな。

 血筋だってすごいもんだ。

『ダ・マール』建国当初から国を支え続けた最古名士の一つ『アヴィデ家』の直系。

 全く、体格と顔半分くらい目を瞑ってやればいいのに。


「中身はただの乙女なのになあ?」

「そうだなぁ」


 と、ディールと彼女の自棄酒に付き合って、最終的にたどり着くのはそんな感想だった。







 と、いう出来事を、目の前の実娘が「母さんの略奪不倫よ!」と叫んだ瞬間に脳が勝手に再生する。

 おお、なんということだダ・マールの神よ……。

 ケルトはロンドレッドと再婚した、だと!?

 ああ、確かにケルトはリコリスとは真逆だな。

 小さく可憐で、女としての器量も良い。

 いかにも守ってやりたくなる女性だ。

 ……なるほど、パーティーの時に一緒にいることが多かったが……なんてことだ、そんなことになるなんて!

 リコリスの死にそうな表情が目に浮かぶ。

 なんにしても、ロンドレッドは俺をあまり好ましく思っていなかった。

 まさかケルトと再婚したのが俺への当てつけだとは思いたくはないが……少なくとも俺とケルトの娘であるナコナに愛情を注ぐとは思えない。

 ナコナが再婚相手の家から飛び出してきたのなら、ナコナがそれを選んだ結果だろう。

 俺はそれを尊重してやりたい。

 それが仕事にかまけて父親らしいことをなに一つしてこれなかった贖罪。

 むしろ、これからも積極的に構って償わせてほしい。

 ティナとのこともあるから、よく目を配っておかなきゃならんな。



 なんて思っていた矢先、娘が二人揃っていなくなった。



「ティナ! ナコナ! どこだー!」

「子どもの足だ、そんなに遠くに行っていないと思うが……」

「っ」


 ナコナが来て二日目の昼。

 ティナが『万能解毒薬』の錬成を成功させた直後ナコナがいなくなった!

 探しに行って、裏山へ行こうとしたら今度はティナまで見当たらない。

 一体なにが起きている?

 まさか……最近この辺りに出没しているという魔物の——?


「ティナ! ナコナ! 返事をしろ! 頼むから!」


 ……ああ、ダ・マールの神よ……あの子達をお護りください。

 なぜだ。

 俺は今度こそ家族を守ると決めたのに!

 声を枯らすほど叫んでも、二人の姿は見当たらない。

 嫌だ、頼む……ダ・マールの神よ……どうか!

 あの子達がいなくなったら俺は……本当になにもなくなってしまう!

 俺の生きがいなのだ。

 もうあの子達しかいないんだ!

 ケルト……彼女が、あの男を選んだと聞いても……若い頃ほどの怒りは覚えなかった。

 俺には娘たちがいるから……。

 そうだ、俺にとって……一番大切なのは!


「!」


 陽も傾いて、夕暮れ時。

 こうなったら、魔物と遭遇する覚悟で二人が見つかるまで探し続ける。

 そう思っていた時、三つの影が宿屋の方へと近付いてきた。

 ああ……ああ!


「ティナ! ナコナ!」

「父さん!」

「お父さん!」


 飛びついてくるナコナを抱き締めて、そのまま後から走ってくるティナへと駆け寄った。

 跪き、二人を抱き締める。

 あ、ああ……温かい! 生きている!


「ティナ! ああ! お前も! 無事で……っ!」

「…………はい、ただいま戻りました……」


 よかった……。

 生きていた。

 生きていてくれた。

 ……ああ、本当に……吐きそうなほど、心配した!

 よかった、無事で……ああ、よかった、本当に……。


「心配させてごめんなさい」

「ああ! ほんとに、全くだ! ……ったくクソ! めちゃくちゃ心配した! この世が終わるかと思った! ……無事でよかった、よかった! ……ああ、ダ・マールの神よ……感謝します!」

「…………」


 体の震えと涙が止まらない。

 こんなに感情が体に影響するなんて騎士の時代には経験したこともない。

 俺も歳を食ったということなのか。

 なんにしても、とにもかくにも……この子たちが生きている……無事でいたこと以上の幸福はない。

 心の底から満たされる。

 本当に、よかった。

 ダ・マールの神よ、感謝します。

 俺のところへこの子たちを帰してくれて……。

 二度と、二度とこの子たちから目を離しません。

 俺の、命よりも大切な子ども達。

 戻ってきてくれて……ありがとうっ。


「ティナリスちゃーん! だもーーん!」

「無事でよかった!」

「ああ、本当に……よかったよかった……! って……うわあああああ!?」

「!」


 と、ギャガのところの商人の一人、メリリアが派手な悲鳴をあげた。

 なんだろう、と全員が彼女が指差す先を見て、同じく「ぎゃー!」と叫ぶ。

 ティナとナコナ、俺以外が驚いたのは……濃紺の鎧を纏った、騎士。

 お? おおお?


「…………お前、リコ……!」

「久しいな、マルコス」


 ティナとナコナを抱く手を離し立ち上がる。

 向き合う騎士は、見覚えのある女らしからぬ鎧を身に纏う。

 夕暮れを背にした騎士は鎧兜に手をかける。

 兜を外したしたの顔。

 紫紺の髪が、風に揺れた。


「……っ!」

「は、ひ……」


 俺以外は初めて見るからな……喉を引つらせた悲鳴。

 紫紺の前髪は右側だけ長い。

 その下には錬金術の実験の失敗で抉れた顔。

 リコリス・アヴィデ。

 懐かしい! 我が同志よ!


「おお〜! リコリス! 本当に久しいな〜! 酒持ってくるって言って全然こないから死んだかと思ったぞ!」

「う、うん……離婚手続きとか色々あって……色々……」

「あ……。……あー、そうか……あれか、そうだな……お互いあれだったな……ははは……」

「ああ…」

「ははは、ははは……はは、は……はは」


 …………そうだった。

 再会の喜びで忘れていた。

 ……そうだな、俺たちは……なんつーか……、そうね……。


「……マルコス、知り合い、なんじゃもん?」

「おう! つーか、お前も一度は名を聞いているはずだ。『ダ・マール』の“国家錬金術師”の一人! 攻撃特化錬金術師のみで構成された『黒の騎士団』団長、リコリス・アヴィデ。俺の昔の同僚だな」

「…………え、あ……」

「……国家、錬金術師……」

「リコリス・アヴィデだ」


 リコが左目を閉じて名乗る。

 大国『ダ・マール』の国家錬金術師など、ほとんどの人間がその名を耳にしたことがあるはずだ。

 俺よりも遥かに名の知れ渡った騎士。

 まさかこいつにこんなところで再会するとはな。


「えええええええ!?」

「リコリス!? リコリスってことはあんた女!?」

「ええ!? え! ええ!?」




 ********



 酒をコップへ注ぐ。

 約束通り、また酒を酌み交わす。

 傾けたグラス同士がカン、と小気味良い音を立てる。

 ワインなんて上等なもんはないが、ロフォーラの山で採れたメルベリーの果汁酒だって捨てたもんじゃない。

 一口飲むと、リコの目元が優しく揺れる。

 ほーら、な。


「美味いだろう?」

「ああ、優しい味がする。『ダ・マール』のワインもいいが……悪酔いしなさそうだな」

「お前酒癖悪いもんな」


 愚痴的な意味で。


「……部下はどうした? 魔物の討伐ならお前一人ではないだろう」


 まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入に問う。

 魔物討伐に、リコ一人のはずはない。

 魔物は——人間の戦争なんぞよりよほど気を使う戦い方が求められるのだ。

 魔物は“殺してはならない”。

 殺せば『原始罪カスラ』が撒き散らされて周囲にいる者は魔物になる。

 だから、殺さずに撃退するしかない。

 それを一人で、なんて……いくらリコが『ダ・マール』一の錬金術師とはいえ荷が重すぎる。

 不可能といってもいいほどだ。


「……皆死んだ」

「…………そうか」


 ……戦場に身を置く者、覚悟はある。

 さらに言えば、指揮する者はよりその命を背負う覚悟がいる。

 リコはそれがやや足りない。

 指揮官というよりは生粋の探究者。

 向いてないんだよな。


「我が死地と覚悟した。……だが、お前の娘に救われてしまった……私は……また生き延びてしまった」

「ダ・マールの神がまだ現世でなすべきことがあると仰せなんだろう。ありがたく拝命しろ」

「私になにをお望みなのだ」

「俺はわからん。だが、お前ほどの錬金術師はそういない。きっと錬金術でなにかを成せと仰っておられるんだろう。……俺としては、死んだ部下たちの家族に謝ってこいと言いたい」

「…………。……そう、か。そうだな。…………それが私が生き延びた理由の一つなのは、間違いあるまい。わかった、ダ・マールの騎士として、部下の死を尊敬しよう」

「……で……こちらも聞いておきたいんだが……」

「魔物だな」


 魔物はどこかへ追い払う他ない。

 しかし、追い払っても別なところへと行くだけだ。

 大人しくなどしてくれない。

 奴らは生き物を襲わずにはいられない化け物。

 必ず人の住む土地の側にまた現れる。

 追い払っても……追い払っても……。


「大蛇の魔物だ。昔からこの土地に現れたものではない。恐らく西から逃れてきた魔物だろう……データにあった『ウロボロス』の一体と考えて間違いない」

「やはりか。……以前確認されたものと比べてどうだ?」

「分からん。だが、大きさが異常だった。討伐回数も明らかに十年前より増えている。『原始魔力エアー』の純度を問題視している魔法使いたちの言っていることは本当かもしれん」

「…………」


 ……数年前……正確には『エデサ・クーラ』という国が亜人を根絶やしにすると宣戦布告して以降魔物の数は増えていた。

 あの国が奪った『国』の民に作らせているという劇薬の調査も進められているはずだが……俺のいた頃でさえその劇薬は『原始悪カミラ』を物質化したもの……とにわかには信じ難い結果を出している。

 奴らはなにをしようとしているのか。

 コップへ酒を注ぎ、煽る様に飲む。


「魔物の数が……増えているってことは……」

「残念だがあり得る。……確かに撃退は困難だ。しかし、それを成すべきが騎士の務め」

「そうだな」

「……だが、正直『ダ・マール』の騎士団だけでも手に余るようになってきている。他国の騎士団にも要請は行なっているがそれでも討伐の任務数が増えているのが実情。……『エデサ・クーラ』が鉄や鋼の輸入量を増やしていると聞く。我々が魔物にかまけている間に、態勢を整えるつもりかもしれない」

「また戦争するつもりなのかあの国は」

「なにがあの国をそこまで突き動かすのか……クーラの神とやらはそれほどに亜人の血を欲するのか……。土地が欲しいというわけでもないだろう。目的がはっきりしないな」

「そうだな。昔からあの国は……なに考えてやがんのかさっぱりわからん……」


 人間こそ至高の種族だと?

 本気で言っているのか。

 まさか本気でそれを証明する為とか、言わねーよな?

 そんな馬鹿な話……まさかだろう。


「…………亜人たちの崇める『聖女』の伝承が真ならばいいのだが」

「ん?」

「知らないか? 『聖女アーカリー・ベルズ』の伝承だ」

「ああ、いや、さすがに知ってるさ」


『ダ・マール』は亜人の国土を守護するためにエルフやドワーフなどの国々と同盟を結んでいた。

 彼ら亜人が崇める『神』のようなもの。

 遠征で共に戦った亜人たちからよく聞かされたし、彼らはその『聖女』に戦いの無事を祈っているた。

『聖女アーカリー・ベルズ』。

 なんとも奇妙な話だが、亜人が崇めるその『聖女』は俺たちと同じ『人間』だった。

 彼女は魔物を殺さずに消す……『原始星ステラ』という力を持っていたらしい。

 その力で魔物を浄化し、魔物になった生き物を救った……とかなんとか。

 ……まあ、確かにそんなのがいてくれたら助かるけどなぁ。


「だが伝説だろう?」

「エルフやドワーフなど我々人間より遥かに長寿なものたちが崇めているのだぞ? ……まあ、私だって全部を全部信じてるわけではないさ、これでも科学者だからな」

「だよなぁ」

「……ただ、そんなものがあるのならあやかりたい……そんな風に思えている程に……参っているんだ」

「……なるほどな」


 つまりは愚痴だ。

 いつもの、とは少し違うが……リコの十八番。

 戦闘狂って程でもないがスイッチが入ればそれなりに戦うのは好き……あ、いや、開発した錬金兵器の実験が好き……なヤツだが、そんなリコでさえ魔物の討伐依頼には頭を悩ませているということか。


「ちなみに冒険者は使えないのか?」

「魔物と戦うのに連携が取れた戦法を行える冒険者は限られている。それに、冒険者は費用が嵩む」

「そうだな。……ふむ……確かに……『エデサ・クーラ』がまた戦端を開こうものなら魔物にばかりに構ってられんしなぁ。……いっそのこと魔物をぜーんぶ『エデサ・クーラ』側に追い立てられりゃあいいんだけどなぁー」

「ふむ……悪くない。ダ・マールに戻ったら検討してみよう」

「……」


 え? 倫理的な問題とか大丈夫?

 冗談のつもりだったんだけど、半分……。

 リコ、もう酔ってるのか?


「なんにしてもこのままだと亜人側にも協力を要請しなければならないかもしれない」

「……亜人は手加減が苦手だからなー……」

「そうなんだよなー……」


 魔物が増える。

 それは、それだけで脅威。

 しかし、たかが数年でダ・マールの騎士団が持て余すほどに数が増えるもんかね?

 ……いや、よそう。

 騎士だった頃の癖が抜けんなぁ……。


「さて、小難しい話はこのくらいにして楽しい話をしよう。ギルディアスやディールブルーのやつは元気か?」

「……いや、ディールは亜人大陸で『斑点熱』なる病をもらってきたらしくてな。現在『フェイ・ルー』で寝込んでいるそうだ」

「…………はあ!?」



 なんて話を聞いたらな?

 そりゃ……行くっきゃなかろう。

 ディールブルーは無二の戦友ともなのだ。



「ええ!? お父さんの前の上司の人がですか!?」

「そうなんだ、ちょっとギャガに中級か上級の解熱薬がないか聞いてくる」


 翌朝、起きてきた二人の娘に朝食を用意して家を出た。

 ギャガは明日『ダ・マール』へ発つという。

 ……『フェイ・ルー』も大きな国だ、いい医者も、いい錬金薬師もいるんだが……ここから四、五日も馬を走らせれば会える距離にいるなら会いに行きたい。

 というわけで一応、土産として解熱薬でも持っていけるかとギャガの泊まっている部屋を尋ねると……。


「うーん、残念ながら下級解熱薬しかないんだもの」

「そ、そうか。まあ、そんなに都合よく持ってたりはしない、よなぁ」

「ティナリスちゃんに作ってもらったらどうなもん?」

「ティナに? ……。…………できるのか?」

「いや、それは本人に聞いてみるべきだもんな。まあ、足りない材料があれば売るんだもんの」

「そりゃそうか。わかった、そん時は頼むわ」



 と、いうわけで……。



「ティナに頼みたいんだが、解熱薬は作れるか? できれば中級か上級の質がいいやつ……」

「中級なら作れます! 上級は材料が足りないので……」

「上級に必要な材料ってどんなもんがあるんだ?」

「下級はリリスの花と水で作れるんですが、中級だとそこにアルフィスの花とユージン草の乾燥粉末を入れます。で、上級になると発熱キノコ、発酵苔が必要になるんです」

「…………」


 どれもこれも全然聞いたことないな。

 というか材料暗記してるとかティナは本当にすげーな……まじ天才すぎやしないか?


「で、なにが足りないんだ?」

「発熱キノコと発酵苔両方ありません。でも、アルフィスの花とユージン草はロフォーラに自生しているものなので、裏山で探せば見つかるはずです」

「そうか……まあ、お前が作るものなら『良』は確実だろうし中級解熱薬でもいいか……。リコの話だと解熱薬さえ飲めば治る病のようだし、『フェイ・ルー』にもいい錬金薬師がいるしな」

「そうですね、ロブ先生とか!」

「ありゃ薬師じゃなくただの医者だろう」

「そうですけど、優秀なお医者さんじゃないですか」

「まあな」


 ロブさんは優秀な医者だけどな。

 青の騎士団団長ともなればよりいい設備、優秀な医者、素晴らしい薬で治療されていることだろう。

 だから俺の、不要なお節介だとは思うんだが……。


「いや、やっぱりギャガに材料を売ってもらおう。ティナ、どうだ、作れるか?」

「! お任せください! 必ずや上級解熱薬を『最良』品質で提供してご覧に入れます!」

「そ、そう?」


 ……この子なんでこんなに商売人風な物言いをするんだろう?

 いや、可愛いけど。

 ……でも六歳児のセリフじゃない気が……いや、可愛いけど。

 ……いや、本当に可愛いな?

 可愛いからいいか、別に。


「ならあたしがロフォーラの山からそのなんとかとなんとかって素材を探してきてあげるわ!」

「名前をすでに覚えられてないじゃないか。危ないからダメだ! 心配しなくても俺が取ってくる」

「えー! いいじゃんあたしも行くー!」

「山の材料か……興味深い。私も行こう」

「え」

「え」

「え……」


 現れたのは暑苦しい鎧を着たリコ。

 そういえばこいつも探究心の塊のような錬金術師だった。


「ならわたしも行きます! 材料は自分で確認したいですし!」

「ならカウンターは閉めていくか。ギャガにも言っておいて……」


 仕方ないので四人で材料集めに山へ行くことになった。

 まあ、別段構わないんだがな。

 ただ、一つ頼みがあるとしたら……。


「リコ、もう少し軽装で頼む」

「断る。昨日魔物と戦闘を行ったばかりだ。まだ近くにいるかもしれん」

「む、それなら仕方ないか。わかった、護衛は頼むぜ」

「了承した」

「魔物……近くにいるかもしれないんですか」

「ああ。撃退しただけだからな。……まあ、リコのショットガンってやつを食らったならしばらくは動けないと思うが……」


 俺も一応、剣を腰に下げる。

 左ではなく右に。

 左手でどこまでできるかわからんがないよりマシだ。


「…………」

「……不安か?」

「いえ」


 ……ティナリス……。

 俺の腕を、治すつもり、か。

 常に敬語で、子どもらしくない。

 しかし、それは俺と血が繋がらないことを気にして……なのだろう。

 ……しかし、この子はまるで“最初から”俺の子ではないと“知って”いたかのようだ。

 思えば俺はこの子に血が繋がっていない、と話したことがない。

 親父やお袋が、話したのかもしれないが……不思議なことに“当たり前のように”俺の子ではないとティナは自覚していたんだ。

 それでも、それなのにも関わらずティナが俺のことを慮ってそんなことを考えていてくれたなんて。

 そんなことまで気を回す必要もないのになぁ。

 ああ、だめだ。

 それでも、それでも娘がそんな風に思っていてくれたと思うと顔がにやけちまうな〜。


「とりあえずここが薬草なんかが多く自生してるところだな」

「あ! 珍しいハクトウ草があります!」

「ほお、これはワルプルギスだな?」

「え! あの高級素材ですか!? 裏山にそんなすごいものがあったなんて!?」

「見ろティナリス、これは白狼石だ。粉末にすると心臓系の病に効く薬を作る際の材料になる。これを加工するのは骨が折れるが、粉末は高額で売れるぞ」

「持って帰ります!」

「それからこれがアルフィスの花とユージン草だ。アルフィスの花は花の部分だけを一度湯がき、清水と錬成すると貧血の薬になる。君ももう少し大きくなったら使うかもしれない。覚えておくといい」

「勉強になります!」

「それからデュアナの花とリリスの花、それからこのアルフィスの花の花の部分。これらを清水で混ぜると頭痛薬。ユージン草とユーカリの葉は消毒薬になる。ついでにユーカリの葉に清水とミトルやローマリーなどのハーブを一種類入れ、フラスコで錬成すると精油ができる。これはシャンプーやボディーソープ、化粧水などにも使えるので用途は幅広いし高く売れるぞ」

「なんと! あ、あとでメモさせてください!」


「……………………」

「父さん?」

「あ、ああ……いや、なんか……盛り上がってんなぁ?」

「あはは、ほんとだねぇ。いいじゃん、仲良くて。……つーか、リコさんって見た目は怖いけどすごい良い人だね。……赤の騎士団の団長、あんな優しい人を捨てたんだー。もったいなーい」

「まあ、その辺りには概ね同意するけどな……」


 リコはいい奴だ。

 真面目だし、顔半分は吹っ飛んでるが中身がかなり乙女だし。

 まあ、ケルトを選んだ男だ……女を見る目がないとは言えねーよ。


「ナコナの言い方、父さんとても複雑」

「まぁねー。……父さんは再婚考えてないの」

「おま……昨日と一昨日あれだけ騒いでたくせに!?」

「いやー、なんかもういいかなーって。なんつーかさー、あたしは父さんとこうして話してられる。それだけで幸せって感じ?」

「…………ナコナ……」


 ……昨日魔物に襲われたからか?

 余程怖い思いをしたんだろうな……考え方が一気に……こんな、大人びて……!


「怖かったか? 昨日」

「うん。怖かったけどさ……でも、あたしもっと強くなろうって思った。ううん、強くなるよ。あたしは父さんの娘だからね」

「ナコナ……」

「あと、ティナの姉さんだから。あの子のことも、あたしが側で守って助けてやろうって思ったんだ。あの子、錬金薬師になりたいっていうよりは父さんの腕を治すのが目標っぽいよ。……マジでいい子じゃん……なんかもー敵わないって感じ」

「…………」


 ……ナコナ、なんてことだ。

 一昨日のあの娘と、同一人物なのか? これが? 本当に?

 な、なんて……なんて……!

 それに、ティナよ、お前、お前っ、そんな、そんなことをナコナと話していたのか?

 うっ、もう! 俺は!


「…………父さんも歳取ったねー……涙腺崩壊してんじゃないの?」

「言うな……!!」



 ********



「じゃあ行ってくる。すぐ帰ってくるけど……」

「心配ない。宿はこのリコリス・アヴィデが守護しよう」

「うんまあ、お前がいるなら安心だけど……」

「リコさん! お父さんが帰ってくるまでみっちり錬金術のことを教えてください! よろしくお願いします!」

「承った。その代わり料理の類はよろしく頼む。私は一切作れない!」

「胸を張って断言することか」


 昼になる頃、俺は『フェイ・ルー』へ向けて出発することにした。

 ティナ手製の『最良』品質の『上級解熱薬』を大瓶一本持って。

 ギャガたちは明日の朝に『ダ・マール』へ向けて出発する。

 見送ることはできないが、一ヶ月後にはまた亜人大陸に向けてこの宿に立ち寄るそうだ。

 その間に裏山の中腹にある温泉への道を整備する業者を手配してくれることになっている。

 温泉、ね。

 俺はよくわからないがティナはやけに温泉にこだわる。

 タダであったかい湯が使えるのはまあ、確かに魅力的ではあるが……そんなにこだわるもんなのか。


「リコさん、ここにいるまでの間、あたしにも稽古をつけてくれる?」

「構わないが……私はあまり接近戦は得意ではないぞ。キャラバンの護衛たちの方が向いているのではないか?」

「もちろん! あの人たちにも教えてもらうけど、騎士の戦い方も学んでおきたいんだ」

「…そうか? ……どちらかといえばマルコスの方がいいのでは」

「うん、父さんには帰ってきてから教わるよ」

「………………」


 だ、そうだ。

 みたいな顔で見るな。

 ……ナコナか。

 魔物に時間稼ぎのためとはいえ挑みかかったと言っていたな。

 俺の、血の繋がった娘だからなのか……どうも血の気が多いような……?

 いや、護身術くらいは使えたほうがいいか。


「こっちはありがたいが、ダ・マールにすぐに帰らなくていいのか?」

「魔物を撃退後の経過観察も任務の内だ。多少遅れても問題はないな。それに、ギャガとやらに報告書を持っていってもらう」

「そう、か。まあ、確かに魔物の動向は注視する必要がある。だがここいらは獣も多い。魔物以外にも気をつけろよ」

「ふん、誰に言っている」


 ……そーだな。

『ダ・マールの悪魔騎士』と呼ばれた女が獣風情に遅れを取るはずもないか。

 そうだな、その心配は不要だよな。


「いってらっしゃい、お父さん」

「いってらっしゃい父さん! お土産よろしくね!」

「いってこい」

「おう、行ってきます」


 可愛い二人の娘。

 と、リコもついでに手を振って見送ってくれる。

 それに手を振り返す。

 ディールブルーよ、病み上がりだろうが……俺の娘たちへの惚気を聞いてくれ。


 うちの娘たちは、こんなにも可愛いんだ!!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る