四歳のわたし第3話


 ここでおさらいしておこう。

 冒険者パーティー、男女二人の四人組。

 特にイケメンでもなんでもない、黒髪ボサボサの剣士はアーロンさん。

 初見ではお調子者で楽天家。

 家事能力はゼロ。頼りにはならない気がする。

 白髪混じりの槍を持つ初老の男性。

 上品な仕草とは裏腹に、使い込まれた装備。

 正直他の三人とはなにかが違う……シリウスさん。

 体格もいいし、お父さんと同じ元騎士かなにかかしら?

 でも微妙に胡散臭いのよね……。

 そして筋肉質な女性、ジーナさん。

 背中に背負った大きな斧、割れた腹筋、焼けた肌。

 いかにも姉御って感じの雰囲気だが、家事は任せろと胸を張ってくれた。

 確かに、このお姉さんは頼りになりそうだ。

 最後は可愛いローブで着飾った少女ミーナさん。

 杖を持っているけれど会話から察するに魔法は使えないようだ。

 なんか物理攻撃力の方が高いとかどうとか聞こえたけれど……ジーナさんと姉妹らしいからそのせいなのかしら?

 こちらもアーロンさん同様、家事はからっきしのようだ。

 ……なんにしても、お父さんがいない間いい子にして……迷惑をかけないようにしないと。

 まだ自立して生きていける歳ではないし、ここを追い出されたら行くところがない。

 今後のことを考えると魔法の一つでも覚えておくべきかな、とは思う。

 書庫を漁っているのは魔法の指南書探しも目的の一つではあるんだけれど……お父さんは「魔法? ははは、危ないからだめだぞ」と隠しちゃったのよね!


「さぁて、と! まずはなにからやる?」

「あ……あの、お爺さん、ご飯がまだなので…」

「ふむ、あそこに用意してあるのは我々の分ですね?」

「はい、お代はいただいているので父が作りました。わたしと祖父の分は厨房に……」

「それを運べばいいのね! まかせて!」

「あ! 待ちなミーナ、勝手に開けるんじゃ……!」


 勝手にカウンターを越え、カウンターの後ろにある左の扉を開ける。

 あ……あっちは……!


「……あの、そっちはちゅうぼうではなく……おトイレとお風呂場…」

「ご、ごめんなさい。じゃあこっちね!」


 ちなみに、うちの宿はお客さん用のコテージにバストイレ別で完備。

 なので厨房の脇にあるのはわたしたち用だ。

 トイレは二階にもあるけれど、お風呂はここだけ。


「えーとお爺さんのお部屋は?」

「二階です。かいだんを上って右の最初のお部屋になります。あ、案内します」

「……本当にしっかりした娘さんだねぇ。幾つって言ってたっけ?」

「今年で四歳になりました」

「四歳!? す、すごくしっかりしてるね!」

「アーロンは見習うべきですね」

「そーだね」

「ひどい!」


 腕を組んで頷き合うシリウスさんとジーナさん。

 これがこのパーティーのパワーバランスっぽい。


「じゃあまずは爺さんに飯を運んで、食べられるか聞いてみよう。まだ苦しそうなのか?」

「確認してきます!」

「病気は治癒魔法が効かないのよね。回復アイテムも」

「……ミーナは治癒魔法使えないじゃん」

「うるせぇ、捻り殺すぞ」

「……!?」


 ミ、ミーナさん!?

 今の地を這うような声ってミーナさん!?


「んん、レディ、ではミーナと私をお爺様のところへ案内してくれますかな?」

「は、はい」

「アタシたちにできることはなにかあるかい? シリウス」

「いや、今はご老人の容態を見てこよう。一時的な発作であれば良いのだが」

「じゃあ俺とジーナは先に飯を食べておこう! 冷めたらもったいないし!」

「……ま、先に食べておけばすぐ動けるようになるしね……」


 アーロンさんに可哀想なものを見る眼差しを向けるジーナさん。

 ……一人でもちゃんと働いてくれる方がいるだけでいいよね、贅沢言っちゃダメ!

 そんなことよりお爺さんよ!




「シリウス、病気とかわかるの?」

「いいや全く。私は考古学者だよ? 病などわかるわけがない! ははは!」

「んもぅ、このジジィ〜! ……あ、こほん」


 お爺さんの部屋に入るなり、シリウスさんがベッドに横たわるお爺さんの首に手を当てて脈を確認する。

 手袋を外して、真顔で流れるように行われたその作業にわたしまで期待してしまった。

 ……まあ、そんな気はしていたけど……。

 でも、シリウスさんは考古学者なのね。

 他の三人よりは知的だと思ったけど、すごいんだなぁ。

 どういう経緯でこんなパーティーができあがるのか聞いてみたい気はするけれど、お爺さんが苦しそうにしつつ目を開けたのでミーナさんが咳払いでごまかす。


「お爺さん、大丈夫ですか?」

「うっ……あ、ああ…、薬を、切らしていてね……」

「薬?」


 そんなの、飲んでいたところ見たことない。

 首を傾げると、お爺さんは咳払いする。

 慌てて胸をさするが、これ効果あるのかしら……。


「もしや呼吸断症ですかな?」

「………よくご存じですね……ええ、儂は昔『エデサ・クーラ』に取り込まれた小国に住んでいたんですが……そこで行われていた研究によりその病を貰ってしまいましてね……。空気の綺麗な、ここ、ロフォーラに妻とともに越してきたんです」

「? シリウス、呼吸断症ってなぁに?」

「五十年程前から『エデサ・クーラ』が搾取した土地とそこに住む者たちに、とある劇薬の開発、生産を強制させていたのですよ。……彼らはその薬がなんなのか知らされずに作っていた為、その多くが命を落としたり、こちらの紳士のように呼吸断症という病を発症した。呼吸断症は呼吸が一定間隔で止まる奇病。一度罹れば治療法はなく、唯一ソレマユの実の中身をソランの花の葉を乾かして煎じたものと混ぜた解毒薬が症状を緩和するといいます」

「! その解毒薬があればお爺さんは治るんですか!?」

「いえ、症状が緩和するだけですよ、レディ。呼吸断症に治療法は見つかっていないのです。ソランの花は古より解毒薬として使われてきましたからね、劇薬による呼吸の病に僅かながら効果があるのですよ」


 ……完治するわけではないのね……。

 でも、お爺さんは胸を押さえてまたベッドに沈む。

 とても苦しそう……!


「…………。ソランの花とソレマユの木は裏山にあったはずです! わたし、探してきます!」

「明日にしなさい、レディ。今日はもう遅い」

「……でも……!」

「それに、ソランの花の葉は乾燥させねばなりません。錬金術でも使えなければ一日二日で出来るものでもない」

「うっ!」


 れ、錬金術……。

 魔法と似てるけど、主に魔力を繋ぎとして物質と物質の融合、加工、更には上級の使い手になると素材を全く違うものに錬成することが可能な特別な技術……だったかな。

 人間発祥の技術で、使えるのは大国の限られた人間のみ……。

 一般にも僅かながら使える人間はいるが、薬を作れるほどのレベルはそれを生業にしている者くらい。

 亜人や獣人は魔法の方が得意だから錬金術を使える者はほとんどいないとか。

 ……でも、逆に言えば錬金術が使えればいいのよね?


「お父さんの書斎に錬金術の本があったと思います!」

「え? い、いや、しかし……レディ、見様見真似でどうにかなるものではありませんよ?」

「できることはしたいんです!」


 わたしを拾ってくれたお父さんの親だもの。

 反対するどころか、一緒に育てると言ってくれたのよ。

 お婆さんは倒れてそのまま亡くなってしまったけれど、お爺さんはまだ死んでいない!

 恩返しもちゃんとしていないのに、死なれたら困るわ!

 確かに錬金術なんて難しそうだけど、人間は魔法より錬金術の方が専門のはず。

 お父さんの書斎に行けば、初級の本が何冊かあった。

 異世界と言えば魔法、錬金術なんて難しそうだしやめておこう、と思って敬遠してたけど……今開かなくていつ開くのよ!


「あった、あれだわ」


 お父さんの書斎に入ってすぐ、右側、奥、上から三段目に錬金術の本がある。

 その上には、魔法の初級、中級の本。

 ……あんなところに隠していたのね……確かにわたしの身長からじゃあそこまで登るのは至難の技……くぬぅ。

 まぁでも、よかった……お父さんは元騎士だからこういう本も持っているの。

 片腕がなくなってから普通の生活を送るために勉強してるって言ってた。

 はしたないし、怖いけれど棚に足を引っかけて登り、錬金術初級の本を取り出す。

 床にジャンプして降りて、そのままそこに座り込み本を開いた。


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