四歳のわたし第2話
結局今日も書斎での収穫はなし。
お父さんに、聞いてみるべきかしら?
でもなー、赤ん坊の頃の記憶があるなんてどう考えても普通じゃないわよね?
そもそも、色んなお客さんに「え? 四歳でもうお手伝いしてるの!? 凄いねー!」と、十人中十人に言われているのよ。
これ以上不審な子どもになるのは宿の評判に関わるわ!
わたしも、もし前世の年齢で四歳の女の子が宿屋の手伝いなんてしてるの見たら「すごいね、偉いね」と驚いたことだろう。
とはいえ中身は成人した女なので、自分が四歳の頃のことなんて全然覚えていないのよ。
前世の自分の名前も思い出せない。
名前だけじゃなく、容姿も全然。
不思議と仕事やお母さんのことは覚えている。
きっと忘れたくないんだわ、未練なのよ。
お母さんに親孝行したくて、わたしは大学に行かず就職した。
結局無理して働いたせいで体調を崩し、逆に迷惑かけちゃったけど。
フリーターから心機一転、今度こそ、と気合を入れ直し、お母さんの迷惑にならないよう一人暮らしも始めた。
…………結果は同じ。
バイトを掛け持ちしすぎてドクターストップ。
新居も一年で引き払うこととなった。
実家に戻り、バイトを二つに減らしてやり直そうとした矢先…………あの無灯火自転車に激突されたのよ。
くそぅ、許せない!
どういう了見で自転車を無灯火で走行していたの!?
そもそも、わたしは夜間にも目立つようにと白いコートを着ていたのよ!
それなのに、気づかずにわたしに激突したのかしら!?
まさか流行りのながら運転!?
ああぁ〜! 許せない! 自転車走行中の無灯火走行、及び前方不注意、聴覚遮断は厳罰に処すべきよ!
人が一人死んでるのよ!?
いえ、全国でニュースになっているじゃない!
全自転車は免許制にすべきだわ!
それに、わたしはたまたまこんな風に前世の記憶を持って転生したけど…………なぜか異世界だし!
「……………………」
異世界だし。
……異世界だから……もう、お母さんに親孝行して恩返しは……出来ないのね……。
お母さん…………。
「ティナリス」
「わっ!」
後ろから声がして、驚いて振り返る。
そこにはやや髪の後退が著しい、白髪と白ひげのいかにもなおじいさん。
お父さんの、お父さん……この宿の前の主人、つまりお爺さんだ。
お爺さんは最近、宿にも降りてこない。
奥さんを亡くしてから、一気に老け込んで元気がなくなったように思う。
残念ながら他人のわたしは彼を「おじいちゃん」と無邪気に慕い、じゃれつくことに激しい抵抗感があった。
普通の四歳児なら……。
何度もそう思った。
普通の四歳児なら、お爺さんが気落ちしてしまう隙も与えず暴れまわり、振り回すのだろう。
そうすればお爺さんは少しは気が紛れて元気になってくれたかもしれない。
わたしがそう振る舞えることができたなら……。
でも、正直やってみたけど全然しっくりこないのよ!
これまでの自分と、あまりにもキャラがかけ離れていてお父さんに即バレして逆に「無理はするな」と心配されてしまったの……。
悔しいわ、お爺さんにもちゃんと孝行でお返ししたいと思っているのに、上手くいかないのよ。
どうしたらお爺さんにも、喜んでもらえるのかしら?
そんなことを悶々と考えていたらかけられた声に答えずにいるとお爺さんは、わたしに目線を合わせるようにしゃがむ。
優しい眼差しとかち合い、困惑した。
優しい目。
頭を撫でられ、居心地の悪さにどうしていいのかわからずにいたら……。
「ティナー! ご飯食べちまいなー」
下からお父さんの声。
階段の下を見ると、お爺さんは立ち上がる。
「あ、お、お爺さん……ご飯は……持ってきますか?」
「……頼むよ……」
微笑まれたのに、わたしはぎこちなく笑うことしかできなかった。
階段に向かい、ちらりとお爺さんを振り返る……。
「! お爺さん!」
ドアの前で胸を押さえ、膝をつくお爺さん。
明らかに苦しそう!
「お爺さん! しっかりしてください!」
「……ティ、ティナ……くっ」
「今お父さんを呼んできます! おとうさーん! お爺さんが!」
下からなにかが落ちる音。
そして、ドタドタと凄い勢いでお父さんが上がってくる。
「親父!」
……そんな、どうしたら……!
お婆さんが亡くなってから元気はなかったけれど……具合が悪かったなんて…っ!
どうして気づかなかったの!?
一緒に暮らしていたのに!
いくら血が繋がってなくたって……病気の人が具合悪そうにしてたらわかるはずでしょう!? わたしのバカ!
「しっかりしろ、どこが痛むんだ!?」
「……っ、胸が…」
「馬鹿野郎、なんでもっと早く言わねぇんだ! ……すぐに医者を呼んでくる! ティナ、親父を頼む。客たちには、申し訳ないが明日にでもチェックアウトしてもらえるように言っておいてくれ」
「わかりました!」
……でも、ここから一番近くの『国』まで早馬でも何日もかかる。
『ダ・マール』は北東の大国、その前に『ウル・キ』や『デ・ルルア』という小国。
距離的には『デ・ルルア』が近い。
でももう一つの大国、港の国の名を持つ『フェイ・ルー』が西にある。
距離は『デ・ルルア』とほぼ同じ。
でも国としては『フェイ・ルー』の方が圧倒的に大きい……って聞いたことがある!
「お父さん、どの国に行くんですか?」
「『フェイ・ルー』だ。あそこの医者には俺も世話になっているからな。早くても……戻ってくるには五日はかかるが、それまで一人で大丈夫か?」
「…………」
あっという間に旅支度が整ったお父さんが、しゃがみ込んでわたしを覗き込む。
大丈夫! お任せください!
……と、即答できたらかっこういいんだろうけど……っ。
病気のお爺さんの看病をしながら、ご飯を作ったり、おトイレに行かせたり……介護的なことをする、のよね?
できるの? 四歳児の体で……。
大体なんの病気かわからないのよ。
しちゃいけないこともあるかもしれない。
医者を連れてくるより、お爺さんをお医者さんに連れて行った方が効率的なんじゃあ…。
でも、お爺さんを乗せて行けるような移動手段が、ないのよね……。
「…………、……そうだよな。待ってろ」
「?」
わたしが俯いて考え込んでしまったことをどう捉えたのか……お父さんは立ち上がって受付カウンターから家の外へ出て行く。
困り果てて立ち竦んでいると、複数の足音が表の階段を上ってくる。
え? こんなタイミングにお客さん!?
「ティナ」
「あ……」
「もう大丈夫だぜ。お客さんたちが手伝ってくれるそうだ」
「え、ええ!?」
「こんばんは」
入ってきたのは今日泊まっている冒険者パーティー。
男女二人、計四人。
リーダーっぽい若い男の人。
知恵袋と思われる、初老の男性。
魔法を使うのだろう、杖を持った少女。
巨大な斧を背中に背負った、筋肉質な女性。
ちなみに、少女と女性は髪と目の色が同じだ。
顔立ちは正反対だが、なんとなく雰囲気が似ている。
姉妹だろうか?
彼らが宿屋受付兼食堂兼わたしたちの住居に入ってきて、優しく微笑む。
「ハァイ、アタシはジーナ。困ってるんだってな? アタシらが一緒にいてあげるから大船に乗ったつもりでいな!」
「あたしはミーナ。魔法使いなの! ……まだ見習いだけど……ちょ、ちょっとは魔法が使えるから……えーと、火を起こすことくらいなら、多分…ギリ…できる、と、いいかなぁ、みたいな……」
「……………………」
やっぱり姉妹のようだが……妹さん、魔法使……使い?
猛烈に不安になってきた。
「こ、こほん! だ、大丈夫さ、ミーナは少し魔法が苦手なだけだ! ……どっちかっていうと物理攻撃力の方が高いけど、まあ、魔法はこれから覚える予定ってことで……」
お姉さん、フォローが下手すぎますよ!?
「要はただの留守番だろ? イケるイケる!」
そ、その通りなんだけど軽いな、このお兄さん……。
お爺さんは具合が悪いのに……。
「アタシらは食べ物の用意をすればいいんだな?」
「あ、ああ、厨房は使って構わない。親父と娘の食事を頼む。作れる、よな?」
「はい!」
「あ、あー……うん、ジーナが作れるよ」
「ぶう!」
楽天家と思われたお兄さんが、妹魔法使い(見習い)の元気のいい返事に顔を青くした。
……なんか、これが全てを物語っているようだわ……!
お姉さんも頰を掻きながらの苦笑い。
「うちの娘はしっかりしているから、大丈夫だとは思うが……その、できれば気にかけてくれ。客が来たら申し訳ないが事情を話して断ってくれていい。五日で戻るようにはする」
「わかった、任せてくれ!」
「ちなみに! その間お給料って出ますか!?」
「給料? ……あ、あー、じゃあ今回の宿泊費と食事代はタダ。ついでに釣り具の貸し出し代もタダにするから、表の湖で好きなだけ釣ってくれ」
「「おー!」」
目を輝かせるお兄さんとミーナさん。
うーん、でも、無難、なのかしら?
確かに子どもと病気の老人の面倒をタダで見るなんて、お金をもらわなきゃやってられないものね。
あまり迷惑かけないように気をつけないと……。
お父さんがいない間は、この家の人間で動けるのはわたしだけだものね!
掃除、洗濯、お爺さんのお世話、お食事の用意……自分にできそうなことは自分でやる。
それから、お皿洗いと畑の収穫……お肉はさすがに一人で裏山に行くのは無理だから……。
えーと、あとはコテージのお掃除と、ウコケ(この世界の鶏ね)やギギーヤ(この世界のヤギ)のお世話!
「…………。大丈夫ですよ、小さなレディ」
「!」
「アーロンとミーナさんはご覧の通り使い物には一切! ならないでしょうが、私とジーナさんは料理も掃除もできますから」
「「ちょっと! シリウス!」」
「…………」
頭を抱えるジーナさん。
賑やかで楽しそうなパーティーだなぁ。
……少し考えてから、顔を上げる。
「わかりました、よろしくお願いします。お父さん、わたしは大丈夫です。お爺さんを早くお医者様に診せないと……、……行ってください!」
「……ティナ……っ、すまない! すぐに帰ってくるから!」
「はい!」
こうして、わたしの不安いっぱいなお留守番が始まった。
ティナリス、四歳!
初のお留守番です! ……一人ではないけど。
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