第72話 その後の顛末
八房の封印をその身に受けたうらを今後どう扱っていくかは、話し合いの結果以下のようになった。
山の中の決められた範囲……住処としていた洞窟を中心とした範囲で暮らしていくこと。
その範囲から出られぬように、鬼除けでもって封をすることを受け入れること。
鬼以外の相手との子作りをしないこと。
生きる目的以外の殺生をしないこと。
殺生石に何かあればすぐに報せること。
以上の約定を守るのであれば、うらを町民として扱い、奉行暖才善右衛門の名においての保護と支援を約束する……というものだ。
そもそもうらは八房による封印をその身に受けているので、そのほとんどがあって無いような約定であったが……それでも約定を交わすことに意味があるとの善右衛門の言葉によって約定が結ばれることになり、うらは保護をして貰えるならと素直にそれを受け入れたのだった。
……そしてその話し合いが終わるその時まで、その不機嫌面を崩さなかった遊教は、自ら名乗りを上げる形でうらの見張り役を務めることになった。
毎日毎日うらの下へと足を運び、うらが約定を守っているのかをしかと見定める。
そのついでに満足な冬備えが出来ていないうらの下へと、最低限の食料などを届けるという役だ。
『良いか! 隠れてこそこそとやらかしたとしてもすぐに見抜いてやるからな!
拙僧の目をごまかせるなどと思うなよ!!』
と、そんなことを言いながら遊教は、毎日欠かすことなくうらの下へと通い続けることになり……そうして一週間が経った。
朝食を終えて日課を終えた善右衛門が、その後の塩梅はどんなものだろうかと、隣の屋敷に住まう遊教の様子を見に行くと、これからうらの下へ向かうのか、縁側に腰掛けた遊教がせかせかと支度を整えていた。
いくらかの食料と、わざわざ採って来たのか色艶の良い柿を風呂敷に包み、それを大事そうに抱えあげる。
そしてそのまま……善右衛門の存在に気付かないまま庭へと出て、誰かにその姿を見られるのを嫌がったのか、庭を囲う生け垣の合間を通り抜ける形で、こそこそと屋敷から出て、足早に山へと向かって歩いていく。
そんな遊教の背中を見送った善右衛門は、やれやれと小さなため息を吐き出す。
そうして善右衛門は、必要最低限の食料というのであれば、わざわざ柿を採ってやる必要などないだろうにと、小さく呆れながら破顔する。
……あれ以来うらは、毎日を笑顔で過ごしているらしい。
何しろ今まで怯えていた相手に怯える必要が無くなったのだ、それも当然のことだった。
人間に怯える必要が無くなった為、山中をある程度自由に歩くことが出来て、木の実を採ったり、狩りをしたりと当たり前の生活を当たり前に送ることが出来て……更には冬を越すための支援までして貰える。
困ったことがあれば誰かに相談することが出来て、頼る宛が出来たともなれば、笑顔になるなという方が無理があった。
そして毎日を笑顔で過ごし、毎日を懸命に働いて過ごすうらを眺めるうちに、遊教はその気持ちをほだされてしまったらしく、いつしかああしてうらの世話を焼くようになっていたのだった。
そんな遊教の背中が見えなくなると、善右衛門の足元に隠れていた獣姿のけぇ子とこまが「くすくす」と口元を手で隠しながら笑い声を上げる。
鬼を保護すると耳にした当初は、恐怖からか猛反発していた二人だったが、その事情を聞いて、八房の封印と約定を受け入れたと聞いて……今ではその恐怖をいくらか薄めることに成功していた。
とはいえ完全に恐怖が無くなった訳ではないので山には決して……神社よりも向こうには決して近寄ろうとはしなかったが……それでもいつもの日常を、至って普通に過ごせる程度には恐怖を乗り越えていた。
「まぁー、遊教さんのあんな姿を見ていたら、怖がるのもなんだか馬鹿らしくなっちゃいますしね」
「一番鬼を嫌い、一番鬼を憎んでいたあの方が、あの有様ですからね。
八房様の封印との合わせ技というところでしょうか」
狸達と銀狐達の長である二人がそうやって恐怖を乗り越えたことにより、それは町の者達にも、山の目達にも伝播していて……そうして町は日常を取り戻していた。
ちょっとした変化と共に。
「さて……俺はそろそろ人別改帳作りに行くとしよう。
熊に猪にみみずくに……いつのまにか町に住み着いてしまった連中の情報を書き留めねばならん」
そう言って遊教の屋敷を後にする善右衛門のことを、けぇ子とこまはその尻尾を振り回しながら追いかけるのだった。
―――第十一章 了
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