カルチャロイド・カウンターアタック

蕨 葉花(わらび ようか)

第1話 最初のメッセンジャー

「のこり15日で10万字の長編小説、納品するんですか? いくらなんでもそんなの無理ですよ!」

 ぼくはスマホのメッセンジャーにそう返事していた。


 とある田舎町の文化会館の図書室のカウンターに座ったまま、そのあと、ぼくは続く返事を送るフリック操作の指を止めた。


 まだ午前中で小さな子供や学生は学校があるのでおらず、年金ぐらしのお年寄りの来館も少ない、おだやかな春の図書室の金曜日。

 この文化会館の前の桜もすっかり葉桜となった2019年の4月末。

 そのけだるい独特の匂いと空気のなか、ぼくは息が詰まって体もこわばっていた。


 ぼくは図書館の臨時職員をしながら、限りなくニートに近い状態でここ数年、小説を書いている。

 ぼくは大昔に小さな出版社から本を出したことがある。その時は飛び上がるように喜び、将来への希望と自己肯定感を味わうことができた。

 だがその本は書店で棚差しで売られたあとあっという間に消え、あえなく2ヶ月で絶版になった。一度書店に入荷して棚に差されたのを見て喜んだ。本当に羽が生えたように体が軽くなった。それほど嬉しいことだった。

 だが、そのあとまったくの鳴かず飛ばずとなった。

 あとは自分が書いてて楽しいだけの小説を書き、臨時職員の給料と、この年になってもの実家の支援でなんとか食いつないでいた。

 かすかに残ったその小さな出版社の編集さんとまだこうしてメッセンジャーでつながっているが、それはそれだけの話だった。


 もう二度とぼくの本はまともに読まれはしない。

 いや、一度出したあの本も、きっとまともに読まれなかったんだろう。

 そもそも読んでくれてれば絶版にならないんだと思う。

 でも、無名のぼくが本を出せたこと自身が、やはり間違いだったのだ。


 だれもぼくを必要としてなんかいない。希望も自己肯定感ももうすっかり尽きた。


 だからこうして、誰も読まない小説を書き、臨時職員という官製ワーキングプアの地位で、こうして春の平日午前中の日差しがやわらかな斜光線となって降り注ぐ静かな図書室のカウンターで暇をつぶすのに甘んじている。

 地方公務員法の規定で3ヶ月で契約を終えなくてはいけない単純なお手伝いさんのはずの臨時職員を安く済むからと何年も最低時給で雇い、事業の企画までやらせ、しまいには「専門的なことは臨時職員にまかせています」という役所もどうかと思うが、それがこのもう少しで終わる平成の時代の世相なのだ。役所でさえこうなのだから、この世の中が貧しくなるのは当然の話だった。


 そして、長い間、誰も読まない小説を書くのに、とうとう飽きて、ボクの性根は根っこから腐ろうとしていた。

 それは悲しいことだった。それでも胸で荒れ狂う嫉妬心は抑え切れない。

 毎日が諦めの日々になっていた。


 ぼくは、結局、何もできなかった。

 それどころか、この胸を荒れ狂う嫉妬で、ほかの作者の作品を読むのも辛くなっていた。正直、なにが転生だ、なにが異世界だ、なにがファンタジーだ、と、それを読みもせずに思ってもいた。

 それはまたぼくがロスジェネまっただなかの世代のうえで、好奇心がすっかりすり減っている、すなわち歳をとってしまったということでもあった。


 寂しいものだが、ぼくはこのままなにもできずに、GAFAといった巨大情報産業の牛耳る世の中で、国の財務省の課す過酷な自国民いじめのごとき高負担と、お互いの醜悪な面がすっかり可視化されそれを無制限に罵り合うSNSの終わり無い喧騒のなか、かき消されるように死んで消え忘れられる運命なのだ。

 ぼくはもう、人生が終わっているのだ。だから残りの人生はもう消化試合でしかない。

 もうなにもかもやめてしまいたい。

 でもぼくにはそうする勇気も行動力もない。


 でも、そんな終わった人間のぼくに、今更、なんで?

 長編小説、それも400字詰め原稿用紙300枚を15日。10万字を2週間ちょっとで書けって?。

 いくらなんでもむちゃくちゃすぎる。

 なんで?

 ぼくがその出版社に弱みを握られているとはいえ、なんで?


 そのとき、スマホの画面に相手、編集者の『メッセージ入力中』のサインがまた浮かんだ。


 ぼくは、息を呑んでその相手のメッセージを待った。

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