第十町人 コレークさん
コレークさんのお店の棚には、空の瓶がずらりと並ぶ。
色とりどりで形も様々、だけど中身がまったくない。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ、おっと失礼いたします」
お客さんへの挨拶そこそこ、コレークさんは網を奮う。
魚も虫もいないのに、一心不乱に振り回す。
それから瓶を一本取って、蓋を開けて、網に入れ。
慎重な手つきで瓶を泳がせ、蓋して、再び棚に置く。
「大変失礼致しました。新しい出会いの空気でしたので」
「お前の言うことは正しいぞ。確かにここには初めて来た」
「そうでしょうとも!ようこそ、いらっしゃいました!そんな緊張なさらずに、どうか旧友のように親しくしましょう!」
そう言ってコレークさんは、違う瓶の蓋を開ける。
「一体何だね?」
「旧友同士に流れる空気です。お互い緊張しなくて済みます」
「一体どういう訳だろう、君に親しみが湧いてきた」
お客さんとコレークさん、肩を組んで上機嫌。
すっかり打ち解け、仲良しさん。
「それで、今日は何をお求めで?」
「皆が私にこう言うのだ『お前は空気が読めない』と。どうか私に空気を教えてくれないか」
「それは難儀な話ですね。では、こんなのはいかがです?」
コレークさんは瓶の蓋開け、空気を変える。
「何だかゾクゾクしてきたぞ、凄いことが起こりそうだ」
「怖い話を聞いた子供の空気です。心細くは無いのですか?」
「未知の体験が待ってるようで、楽しみで仕方ない」
コレークさんは、首を傾げて網を奮う。
「それではこちらはどうです?」
「段々イライラしてきたぞ、怒りが湧いてきたようだ」
「ロマンティックな空気です。恋人達の幸せな時間ですよ」
「他人の恋愛話など退屈に決まっているだろう」
コレークさんは、むむむと唸って網を奮う。
「こりゃ失礼致しました、ただちにこれを」
「ああ何て悲しいのだ!胸が張り裂けそうになる!」
「いえいえ勝利の瞬間ですよ。歓喜に酔いしれるところです」
「勝利の影には敗北が。勝利の次にも敗北が。いつかくる敗北を思うと悲しくて涙が出る」
コレークさんは、ため息ついて網を奮う。
「どうだろう、私は空気を読めていたか?」
「どちらかというと変な空気になりました。人それぞれとは思いますが、これは一般的ではないですね」
お客さんはショックを受けて、それきり黙ってしまったが、
コレークさんは慌てた様子で網をしきりに振り回す。
「貴重な空気が取れました!これは中々ありませんよ!」
「一体どんな空気が取れた?」
コレークさんは満面の笑み。
「空気が死んでたんですよ。あなたは空気を殺したのです!」
空気が読めずに呆気にとられる、お客さん。
空気も読まずに大はしゃぎのコレークさん。
空気は目に見えないのだから、読み方なんてありはしない。
空気を読もうと頑張ったって、二人の空気は交わらない。
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