そんなに言うなら、私の小説売ってよ!
九乃カナ
そんなに言うなら、私の小説売ってよ!
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「そんなに言うなら、私の小説売ってよ!」
あいててて、頭痛い。昨日は飲み過ぎてしまった。学生時代にもどったみたい。なんか、私すごいこと言っちゃったな。自分の声が頭の中で響く。なんだろ、あのひどいセリフは。
なぜ、ああなった。
ミステリィ研究会の宴会だった。ここは、会場となっている洋風居酒屋。年に二度ほど、卒業生にも声がかかって開催される宴会なのである。要は、卒業生の出資で酒を飲もうという会なのだけれど。
スーツをキッチリ着こなし髪型もキマッタ男性がとなりにやってきた。
「最近調子はどうですか」
世間話を振ってくる。コミュニケーション。
ちょっと信じがたい。私は詐欺に騙されようとしているのだろうか。
「え?うん。まあまあかな」
「相変わらずですか」
悪かったね。私はずっとまあまあですよ。
「アジサシくんは、かわったね。カッコよくなった。男の人は、やっぱりスーツいいよね」
「なに言ってるんですか、くだらない。機能性のない不便な服ですよ。大人になってまで制服を着るとは思いませんでした。着ているだけで体力消耗します」
本人お気に召さないご様子。カッコいいのに。
席移動のときもってきたビールのジョッキをあおる。水滴が派手に滴って。
「ああ、ほら。せっかくのスーツが濡れちゃう」
おしぼりでネクタイとスーツを軽く叩き、グラスのお尻を拭いてやる。テーブルの水たまりも。
「世話好きのおばさんみたいですよ、七乃さん」
「お姉さん」
「世話好きのお姉さんみたいですよ」
棒読み。ええ、そうでしょうよ、おばさんみたいでしょうよ、アジサシくんにとってはね。
アジサシくんは元ミステリィ研究会の後輩。もちろんペンネーム。私の七乃もペンネームだ。
当時はブルー・ジーンズにメタル・ティーシャツという服装だった。季節が寒くなってゆくと上に、ブルーのシャツ、ブルーのセーター、ブルーのダウン・ジャケットと順番に重ねてゆく。そんなファッション・センス。髪は半年に一回しか切らない。いつも黒のデイバッグを背負っていた。さながら数学者。いや、数学科だったから、数学者の卵ではあった。孵らなかったけれど。
適度に母性本能をくすぐられて、お姉さんはアジサシくんのことを心配するのが好きだったのに。こんなに立派になってしまって。すこし寂しいわ?
今は外資系の経営コンサル・ファームに勤めている。そこで鍛えられて人間に脱皮してしまったようだ。髪はサッパリ、男っぽい。賢そうなメガネまでかけている。
適度にアルコールがはいって、気分がよい。さっきは、後輩の女の子に飲み過ぎだと注意されてしまったけれど。ちょっかいを出し過ぎたかしら。反省はしない。
「アジサシくんは、丸くなったね。学生の頃は世間話なんてしなかったでしょ。いきなり本題からはいるから、頭がついていかなかったもの。コミュ力向上したね」
「たしかに、頭が鈍くなりました。話すスピードが思考に追いつかないから、途中でどこまで話したかわからなくなってましたけど、最近はそこまで考えが先走らないんですよね。歳のせいですね、きっと」
そのケンカ買った。
「七乃さん、店出ましょうか。もっと話しやすいところ行きましょう」
い、いいでしょう。お姉さんが相手してやろうじゃない。ビビッてないし。酔っ払っているから大丈夫だし。
アジサシくんは立って、幹事と話をつけ、お金を渡してもどってきた。私もお金ださなくちゃ。ハンドバッグを漁る。
「七乃さんの分も払っときましたよ。あとでください」
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