第84話


「チャノ ダゲェゴ ネネベェ レィンニャ」


 呪文の完成とともに、クリスティアンの魔力が淡い緑色の靄となってその場に居る全員を包み込んでいく。

 靄が晴れた時、子供たちは息を飲んだ。事前に説明されていたとはいえ、目の前の光景に一部の特に幼い子どもは腰を抜かしてしまうほど。


 監禁され、肉体を切り刻まれようとも彼らはヒトだった。四肢がなくなろうともまだヒトだったのだ。

 だが、今の彼らはヒトではない。

 肉体は腐り落ち、見えてはいけないはずの内部が露出する。骨が露わになり、眼球が視神経を頼りにぶら下がる。身体を動かせば、肉の破片が飛散する。

 周囲に充満する腐敗臭は、汚水のせいか。自らの肉体のせいなのか。


 彼らは全員、生きる屍ゾンビと化していた。


「おーッ」


 その変化にほとんどの者が絶句し固まっているなかで、おそらくはモニカであろう少女だけはその場で飛び跳ね、己の変化を純粋に楽しんでいる。


「モニカ、しんだ?」


「認識阻害の魔法で姿を変えただけだよ。って、説明したじゃないか……」


「あんしん」


「でも、おじさんの魔法は本当にすごいよね! どこをどう見ても生きる屍ゾンビにしか見えないよ」


 少女に続き、変化を受け入れたレオが自分の身体に触れて確認する。肉が腐り落ち、骨が露出しているようにしか見えない場所も触れてみればちゃんと肉体の感覚があった。


「今回は人数も多いから、あまり効果時間に期待できないけどね。さ、みんな! そんなわけだから立っておくれ。急いでここを出るよ」


 クリスティアンの言葉に、放心していた子供たちがハッとする。自分たちがこれからしなければいけないことを思い出し、みな、一応に真剣な……表情なはずなのだが、腐っている顔では微妙に分かりにくかった。



 ※※※



「な、何なのあの瓶!!」


「あ?」


 遠く離れた場所で発生する破壊音に、チコが混乱しながら叫ぶ。それでも、先導を止めていないことは褒めるべきことかもしれない。


 さきほどアドラが蓋を開けて持っていると投げ寄越した小さな瓶。路地裏に入った途端その瓶を彼から奪った彼女は、それをはるか遠くに放り投げた。

 そして、それからずっと恐ろしい破壊音が街のなかに響き続けている。


「爆弾!? まさか本当に爆弾とか投げたの!?」


「婆さんの言葉聞いてたか? 爆薬じゃねえよ」


「じゃあ、何なのさこの音!」


 酷い目に会おうとも、それでもこの街は彼の故郷である。司祭たちや兵士、国には恨みがあってもこの街自体にはない。宿屋の親父や武器屋の老婆のように交流を持っている人たちだっている。

 逃げるために多少なら仕方ないと思っていても、無差別な破壊をどうしても見過ごすわけにはいかなかった。


「ていうか、爆弾だったとしてこんなに音が続くわけねえだろ。常識で考えろ」


「だから何なの!?」


お勉強する小瓶クレィジーヴァイァル。音を録音して、破壊した場所でしばらく録音した音を何度も奏で続ける魔法具だよ」


「え、じゃあこの音って」


「さっきの大通りであたしが起こした音。じゃなかったらあんなするわけねえだろ面倒くさい」


 横薙ぎの一撃とは違い、振り下ろしは地面に激突する。彼女の力と大剣が合わさった一撃は、その一発がまるで小さな爆発のような爆音を響き渡らせる。


「さぁって」


 アドラが笑う。厭らしく。


「どれだけ兵士が釣れるかねぇ」


 目の前のチコを掴んで下がらせる。

 路地裏から大通りへと飛び出せば、急な敵の出現に驚く兵士たち。固まり動かない絶好の的に、彼女は新しい音を生み出した。

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