第83話


「報告致します! 街の内部にて賊が暴れている模様!」


「数は」


「報告では一人と」


「ふん、ならばどうせ陽動だろう。放置しておけ、一人ではどうせ何も出来ん」


「そ、それが……」


「どうした」


「街を巡回させていた兵士が捕縛を試みているのですが、捕まえるどころかこちらに甚大なる被害が出ていると……」


「一人ではないのか」


「その一人に、すでに三十人以上の兵士が……」


「なッ!? ……、いや、しかし」


「如何なさいますか。このままでは……」


「……。出口を封鎖させている四番隊を街に戻らせろ」


「は、はッ!」


 命令を受け、駆けていく若い兵士の背中を見る兵士長は苛立ちを隠すことが出来なかった。

 彼がラジュルタンの街に配置されて今年で五年目になる。街を守るという名誉ある仕事を任された時は飛び上がらんばかりに喜んだものだ。しかし、その実質は権威を振るい続ける司祭たちの小間使いでしかなかった。

 特にこの街の司祭たちを束ねていたカルロス高司祭。彼は、兵士達を自分の駒として見ていることを隠す素振りすら見せず、日々兵士達に無茶ぶりを繰り返していた。

 一部の司祭たちが教会の下で何かをしていたことは気付いていたし、本来であれば彼の部下である兵士たちを勝手に活用し、なにかを守らせあまつさえその内容を秘密にするようにしていることも分かっていたのだが、それを暴くことも、王都に報告することも出来なかった。いや、実際には一度だけ報告したのだが、返ってきた答えは、カルロス高司祭を弁護する内容。


 このまま一生、カルロス高司祭の小間使いとして終わるのかと思っていた矢先に今回の事件が起こる。

 慌てふためく司祭たちの様子から、カルロス高司祭が殺されたことが分かった時、失礼ながらにも彼は喜んだのだ。これで、賊を自分たちの手で捕まえれば自分は更に出世が出来ると。

 しかし、結果は芳しいものではない。賊が地下道に逃げたことを聞き、必ず外へと通じる出口を使うと踏んで部下を連れてきたは良いものの、賊が出てくる様子はなく、更にはさきほどの報告内容。


 街で暴れる賊が陽動であることは間違いないと考えてこそいるものの、その強さにもしや自分はなにか思い違いをしているのではないか。複雑怪奇な地下道の外に通じる出口が本当はここ以外にもあるのではないか。

 考え出せば止まることのない不安が、彼の心を支配し始めていた。


「報告します!」


 さきほどとは別の若い兵士が血相を変えてやってくる。どう見ても良い知らせではなかった。


「今度はなんだ!」


「街内部にて賊が」


「暴れているのはさっき聞いた! 四番隊も向かわせている!」


「それが! 一人だと思われていた賊に新手がッ!」


「なんだとォ!?」


「確認されている女が居る場所以外でも、街内部にて破壊音が響いており……!」


「ええい! 三番隊と二番隊も戻せ!」


「よ、良いのですか……、そうなるとここの封鎖が」


「司祭共によれば侵入してきた賊は少数、街で別れて暴れているのだとしたらここに居るのは攫った子どもばかりなはずだろうが!」


「わ、分かりました……!」


 兵士長の怒鳴りを受け、若い兵士は来たときとは別の意味で血相を変えて受けた命令を伝えに走って行く。

 四番隊に引き続き、ほか二小隊が居なくなってしまい、万全の構えで封鎖していた出口はなんとも寂しいものになってしまう。

 それでも、複数の子どもを連れた連中を捕縛するには十分な戦力であるのは事実である。思い通りにならない苛立ちを落ち着かせようと深呼吸を続ける兵士長に届いたのは、待ちに待った知らせと、


「で、出てきました!」


「よし!! 逃がす、」


「ぎゃぁぁぁああぁぁあぁ!?」

「ば、化け物の群れだぁあ!!」

「なんでこんなところにッッ!!」


 予想もしていなかった光景であった。

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