第66話


 気絶し真後ろへと倒れていくチコを最後まで見ていることもなく、アドラは部屋の反対側にある扉へと向かう。

 さきほどまで同様に罠を調べようと近づいた彼女の耳が、


『まずは子供の数だ』

『はい』

『まったく……、分かっているだろうが私の番の時に面倒事を起こしてくれるなよ』

『す、すいません……』


 近づいてくる二人の男の会話を捉えた。

 慌てることなく彼女は取って返し、入ってきた扉をくぐってひとつ前の部屋へと戻る。

 扉の傍で耳をそばだてれば、牢屋の中の子どもの数を数えている声がする。あれだけ苦悩の声を出す子が多いなかではチコ一人気絶してようが異変扱いになることはなく、二人の男は数を数え終えて問題なしと判断していた。


『ほらみろ、数に問題なかったじゃないか』

『変だなぁ……、本当に聞こえたんですよ』

『分かった分かった。今度上にはお前に休暇が必要かもしれないとだけ言っておいてやる』


 二人の男は話ながらアドラの居る部屋へと来る気配があった。そこでアドラは扉の傍で縮こまり己の気配を殺し切る。


 ――ガチャリ


 扉が開けられ、部屋の中へとまず一人目の男性が入ってくる。態度から見るに、こちらが偉そうに話していたほうで間違いない。白衣姿のその男は、見るからに研究一筋な人生を送ってきたかのようなひょろ長い体型をしていた。

 続いて二人目の男が扉をくぐろうとしたその時に、


「がッ!?」


 開いた扉の影に隠れていたアドラは、思いっきり扉を蹴り飛ばす。自分の意思に反して急に閉まってくる扉など凶器以外の何物でもなく、油断しきっていた二人目の男はアドラの視界に入るその前に潰されたカエルのような悲鳴をあげた。


「は? おぃ、何をし……え?」


 ――グシャ


 背後であがった悲鳴に一人目の男が間抜け面で振り向けば、彼の視界を埋め尽くすのは肌色の何か。

 それが握りしめられた拳だと認識する前に、彼の意識はフェードアウトしているのであった。


「はい、一丁あがり」


 念のために慎重に扉を開け、二人目の男が完全に伸びていることを確認したアドラは二人の男どちらも部屋のなかへと運び込み、地上で拝借していた布をちぎって男たちの両手両足を縛り、更には猿轡を行う。

 そして、二床あったベッドの下に気絶している男たちそれぞれを収納したあと、バケツの位置を動かして部屋に入って来た際にすぐには男たちが見えないように隠してしまった。


 ひとまずの行動を終えた彼女は、さきほど開けたものとは別のほうの扉を確認し、


「行くか」


 迷わずに、扉を開けてその先へと向かっていった。



 ※※※



「なんだ、こりゃ……」


 扉の先の廊下をしばらく歩き、開けた場所に出たアドラは思わず自分の目を疑った。そこにあったのはとても広大な部屋であり、ここが地下と思えないほどに天井もとても高かった。

 だが彼女が驚いたのはその広さではない。部屋の中央に置かれた奇妙な装置のせいである。

 まるで塔のようなその装置は、高すぎる部屋の天井ぎりぎりまで伸びており、加えて彼女が見たこともないほど複雑な紋様が所せましと刻み込まれ、かつ、その全てが青白い光を放っていた。

 装置が放つ青白い光は、血管のようにどくんどくんと脈打っている。それはまるでこの装置そのものが生きているかのようであった。


 そのあまりにも不可思議な光景に、茫然としてしまった彼女が部屋へと一歩踏み入れると、


「実にチープで分かり易く、それでいて……凡庸な感想だ」


 ――ガシャン!


「……チッ」


 鉄格子が落ちてきて、彼女が通ってきた入り口が封鎖されてしまう。

 後ろを振り向くでもなく、そのことを把握した彼女は自分の迂闊さに舌打ちを鳴らしながら、装置の向こう側から聞こえてきた声の主へと、そして部屋全体へと意識を飛ばしていく。


「愚かな人間がこの崇高なる装置を目の当たりにした際に見せる反応しては、百点満点と言える」


 カツ。カツ。カツ。

 規則正しい歩みを以て、その男は姿を現した。


「これはこれは……、なんとも胡散臭い奴が顔を出したもんだ」


「私を知るか。薄汚い山賊風情が」


「知っているともさ。え? カルロス高司祭殿」


 名を呼ばれ、その男の口元はおぞましく歪んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る