第46話


「違うよ。違うんだよ、モニカちゃん」


「……おー?」


 搾り出すように、レオは言葉を紡いでいく。どうにか彼女に届いてほしいと、自分の思いが彼女に届けと必死で言葉を探していく。


「僕は、勇者だけど。でも、勇者は……、勇者の役割は魔王を、殺すことじゃないよ」


 それは、母がいつもいつも教えてくれたこと。


「じゃあ、ゆうしゃのやくわりはなに?」


 嬉しそうに、誇らしそうに、それでいて、寂しそうに。

 大好きな母が教えてくれたこと。


「勇者の役割は」


「ゆうしゃのやくわりは?」


 素晴らしいことだと教えてもらったこと。

 自分の役割に誇りを持てたこと。


「勇者の役割はね」


 絶対に、


「大切な人を守ることなんだよ!」


 やり遂げてみせると心に誓ったこと。




「まもる?」


「そうだよ! 勇者の役割は殺すことなんかじゃないよ! 勇者はね、大切な人を守るために居るんだよ、みんなが幸せになれるために頑張る人のことなんだよ!」


 だから僕は君を殺すことは絶対にしない。

 その想いが届けと少年は必死で叫ぶ。


「じゃあ」


「うん」


「モニカのこともまもってくれる?」


「勿論だよ!」


「ころさない?」


「殺さない!」


「ぜったい?」


「絶対!」


「まおーなのに?」


「関係ないよ!」


「……まぞく、なのに?」


「魔族は悪いって僕もママから教わった、でもモニカちゃんもクリスティアンおじさんもすっごくすっごく良い人だった! 魔族だからって言うのはおかしいと思う」


「……ころさない?」


「殺さない!」


「じゃあ、」


 途中から、彼女の言葉に嗚咽が混じっていく。

 帽子を更に深くかぶってしまった彼女の表情をレオが見ることは出来ないけれど、ぽつりぽつりと零れる涙が月明かりを反射する。


「モニカのともだち……に、なってくれる……?」


「もう、僕たちは友達だよ!」


「…………ッ!」


 我慢しきれずに、彼女は帽子が取れることも気にせずレオに抱き着き、大きく大きく涙をこぼしていった。



 ※※※



「…………」


「そういう、ことか……」


 花畑で抱きしめあう二人を木の影から見守る大人が二人。どこか不安そうで、どこか安堵したような表情のクリスティアンと、むすっとしたままのアドラであった。


「レオくんが、勇者であることを自分で言ったってことかな」


「……ディアナのときは戦いの最中だったからな。つまりは聞こえてなかったってわけか」


「気が回らなかったボクのせいだね……」


「普通はバラすような内容でもねえからな。むしろ、言わねえほうが良いことだろうが、今回のことは」


「どうだろうか……、ちゃんと話してあげないといけないことだっだと思う……、本当に自分のことしか出来ていないね、ボクは……」


「落ち込みたいってんなら相手を選べよ。構わねえぞあたしは」


「はは……、そういう君だからこそ気が楽になるよ」


「けッ」


 やはりむすっとしたまま、彼女は子供たちを見守り続ける。部屋に戻る素振りを見せたら、気づかれる前に戻らないといけないからだ。


「ところで、どうしてさっきからそんなに機嫌が悪いんだい?」


「……別に」


「…………ああ、彼が起きた時に本当に気づかないわ、目覚めた息子が自分より先に他の女の子に話しかけているのが気に喰わ」


「それ以上言うならその無駄な首がぶっ飛ぶぞ」


「キレイナヨルデスネ」


 伸びた彼女の手が、本気でクリスティアンの首を掴んだため。必死になって彼は話をそらす。

 飛ぶという表現は普通なら刃物なり武器を持って言う言葉だろう。手であれば捻るだろう。だが、彼女なら素手でも飛びかねない。


「レオくんが、今生の勇者で……、本当に良かったよ」


「……、一応言っておくが」


「うん?」


「あの子は九歳だ。まだ、本当の役割を理解してはいない」


「……うん」


 十歳になり、役割を理解した時、人はその役割に似合う形に性格が変化することもある。

 魔王を殺さないと言ったレオが、どうなってしまうのか。そんなことはそれこそ女神でもなければ分かったことではない。


「それでも」


 それが分かっている上で、彼は言う。


「それでも、やっぱりレオくんが勇者で良かったと思う。勇者であるレオくんと、魔王であるモニカが、友達になれたことが本当に嬉しい」


「同族に聞かれたら気狂い扱いだろうな」


「ははッ、違いない」


 役割が絶対なこの世界のなかで、勇者と魔王が友達であることを祝うなど。あってはならないことである。

 魔王の役割が勇者に殺されることであるのなら、

 勇者の役割は魔王を殺すことであるのだから。


「そういやよ」


「うん? なんだい?」


「お前、気を抜いていると私じゃなくて、自分のことボクって言うのな」


「…………あ、……え?」


「さっき。ボクって言ってたぞ」


「………………それじゃあ、そろそろ私は寝るとしますね」


「え。そこまで恥ずかしいことか?」


 カクカクと壊れたゴーレムのような動きで屋敷へと戻っていく彼の後ろ姿に、変なところで恥ずかしがるなと別の意味でため息をついてしまった。


 泣きじゃくる小さな勇者と魔王を見守りながら、さすがに身体が辛いな泣き言を零したくなるアドラなのであった。

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