第4話
嫌い
嫌い
嫌い嫌い
嫌い
嫌い嫌い嫌い
嫌い
嫌い嫌い
嫌い
嫌い嫌い嫌い
嫌い嫌い
嫌い
嫌い嫌い嫌い
嫌いッ! 嫌いッ! 嫌いッ!
ママは嫌いッ!
「はぐわァッ!!」
胸を締め付ける強烈な痛みでアドラは目を覚ます。腹を獣に喰い破られた時だって、全身を斬り刻まれた時だって、灼熱の業火で全身を焼かれた時だってここまでの痛みではなかった。
「っ、ぅ……おっげぇぇえ!!」
胃の中身を周囲に吐き散らかそうとも、一向に気分が楽になりはしない。
「あー……、大丈夫、かぃ?」
「?」
後ろから掛けられる心配の声に振り向けば、見知らぬ男の姿。
(誰だこいつは、そもそもあたしはどうしてここに居、ッ!)
そこまで思考が巡った途端、頭より先に身体が動く。
「うぐっ!?」
一瞬で間合いを詰めた彼女は、男の胸元にのし掛かり足を使って彼の両腕の自由を奪う。右手で彼の首を握り、なにかあっても対処出来るように左手だけを空けておく。
「レオをどこへやった! あの子に何かしてみろ! てめぇ楽に死ねると思うなよッ!!」
「ぁ、ガッ……、ごっ!」
「あの子はあたしの宝だ、すべてだ!! 言えッ! あの子をどこへやった!!」
ミシミシミシッ
掴んだ男の首の骨が悲鳴を上げる。酸欠で失神する一歩手前で、ようやく彼女は右手の力を少しだけ緩めた。
「がはっ! ごほ、がっはっ!」
「答えろ……! レオを……、あたしの息子をどこへやったッ!!」
魔法の使用には詠唱が不可欠である。それが分かっているからこそ、彼女は喉を掴んでいる右手を離そうとはしない。男が詠唱をする素振りを見せた途端、首を絞め、空いている左手で顎の骨を砕くつもりだ。
「待っ、ちが、なにもし、……てなっ、き、……みの、むす、こはッ」
「ママッ!」
その声に彼女は反応する。間違いなく、今まで生きてきた人生のなかで最も素早い速さで。
「レオ!!」
彼女の視界のなかには、何よりも大切な息子の姿。むすっとして怒っているようではあるが、元気そうな息子の姿。
「レオッ!!」
「はぐがッ!」
「おじさんっ!? ママ! なんてことすのわぁぁ!」
手に持っていた邪魔なものを適当に投げ捨てて、彼女は最愛の息子をぎゅっと抱きしめる。
何か後ろで誰かが木にぶつけられて悶絶しているような声がするが、今の彼女にははっきり言ってどうでも良いことであった。
「レオ! レオ、レオ! ああ、レオ、無事だったのね、レオ、レオ……、レオ!!」
「マ、マ……、くるし、っ! ママ……!」
「れおぉぉぉおおおぉおおぉぉお~~~ッ」
「うにゃぁぁぁ」
※※※
「て、違う! こんなことしている場合じゃなかった!」
「あぅあぁうぁぅあぁうぁう……」
抱きしめられすぎて目を回している息子を抱きかかえ、彼女は再び戦闘態勢を取る。
しかし、
「こ……、腰……、腰が……ッ」
「パパ? パパー?」
目の前では、なぜか腰を痛めている男と、その傍にしゃがみこんで彼を揺する少女の姿があったのだった。
「……何してんだい、あんた」
「き、君が投げ飛ばしたんじゃない、あ、待って今揺らさないで、腰が、腰が……!」
「パパー?」
「あぁぁぁ~~~~!」
緊張感の無いその光景にどうしたものかとアドラが戸惑っていると、腕の中の息子が暴れて逃げ出してしまう。
「もうっ! 痛いよ、ママ!」
「ご、ごめんね? でもね、レオ。ここは危険だからママから離れちゃ駄目なの、ほらこっちへおいで、良い子だから」
「待っ、てくれ……」
プルプル腰を抑えながら、男が声をひねり出す。
「ぉ、私は、君、たちに……、危害を加える気、はない……、おがっ!?」
ついさっき魔法を使ってきたではないか、という反論は、少女に腰を触られ悲鳴をあげるというなんとも情けない光景のせいで飲み込まれてしまった。
「た、たのむ……、ちょっと今はやめて、本当に……」
「たのしい」
「うん、かもしれない、でも、ちょっと今、大切な話をね? しているから、ご、ごめんね……」
「むぅ」
ほっぺたを膨らませ、渋々少女は男の腰への攻撃を止める。
「わた、しは……、この子と旅、をしているだけだ、だから、この傷が癒えたらすぐ、ここを出て行く、頼む……、少しだけ、見逃して、くれ」
「……事情は分からねえけど、魔族を見つけて、はい分かりましたと見逃すと思って言ってんのか?」
「…………そこを、なんとか、頼む……ッ」
「駄目だね、それがこの世界のルールだ。恨むなら見つかってしまった自分の運の悪さを恨むこった」
「ママ!?」
「ごめんね、レオ。でもね、魔族は退治しなきゃいけないのよ。それが私たちがこの世界で平和に生きていくために必要なことなの」
「でもッ! でも!」
必死で引き留めようとする息子を押し留め、彼女は一歩前へ出る。
いくら強力な魔法が使えようとも、この距離なら詠唱を言い切る前に顔面に拳を叩き込めると判断した。
「待って、頼む! 待って、ごほ、くれッ!」
「…………」
「きっみ、も、親なら分かる、だ、ろ! 私、は、私は!」
「あばよ」
「娘を助けたいんだッ!!」
彼の顔数㎝の距離で、叩き込まれるはずだった彼女の拳がその動きを止めた。
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