魔王を倒した勇者、魔族としてスローライフを送る

かきつばた

第一章 勇者、魔族として生きる

プロローグ たたかいの結末

 辺りには瓦礫の山が散乱していた。空は真っ暗だ。いつも見ていたあの天球は、今はもうそこにはない。代わりに立ち込める暗雲から、絶え間なくしずくが零れ落ちてくる。

 この世界にも雨があることを知ったのは、遠い昔のことのように思えた。ぼんやりと天を仰ぎながら、俺はくだらない感傷に浸る。降り方は激しく、すぐに顔だけでなく全身が水に侵される。衣服がどんどん重さを増していく。水滴は俺の肉体を容赦なくかけ巡る、我が物顔で。髪の毛から、顎から、指先から、そして剣の切っ先から、俺という不純物を介した透明な液体は真っ黒な地面へとその居場所を移す。


 ふと見ると、敵の亡骸がそこにはあった――否、まだ息はある。微かにだが、その身体が上下しているのが見えた。流石にしぶといな。どこか苦々しい想いを抱えながら、俺は虫の息となった奴に近づいていく。


 意味のない闘いはようやく終わりを告げる。あの男の命を以てして、全てが終わる。長かった、本当に長かったと思う。そんな感慨深さが胸に去来する。

 俺はもったいつけた所作で大剣を振りかぶった。魔法の効果が切れたらしい。この細腕にはそれはあまりあった。しかし、こいつの喉元目掛けて振り下ろすのには支障はない。かけ直すつもりはない。


 いったい何の権利があって、彼は世界を蹂躙したのだろうか? 理由はわかる。事情はわかる。決意はわかる。しかし、そのやり方は理解不能――

 手段は別にあった。俺たちは無駄な血を流しすぎた。そのことに、俺は気づいたが、遅すぎた。

 結局、俺がこれから選ぶのはあの時と同じ手段。自らの手を汚して、世界に平和を戻す。


 ――それは奇しくもあの日の出来事と同じ。


「待って!」


 女性の悲鳴が戦場にこだまする。俺は構わず剣を振り下ろした。


 しかし――


「やめて!」


 小柄な少女が俺とやつの間に割り込んできた。彼女はそのまま亡骸になりかけている男を守るように両手を広げる。


 たまらず、空中で刃を止めた。あと少し遅かったら、この娘も巻き込んでしまっていただろう。


「この人は、この人は――」


 私のお父さんなの、という声が強く脳内に響き渡った――

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