第76話 うまヅラー/Maschera di cavallo
しばらくすると、金ピカ騎士のテスター副団長と、その部下5名が馬車1台と共に現われた。
「聖女様、なんでもこの者たちの村まで行かれるそうで・・・あまり不用意な行動は避けて頂きたいのですがな・・・」
テスターはわざとらしいため息をつくと、馬から下りることも無く、馬上からこちらを見下しながら言った。
「あの・・・それは申し訳ありませんでした。ですが、村や町の様子を見て回るのも教会の者の務め。このように王都から遠ければ尚更、その機会を無駄にしないようにしたいのです」
ヴェールは控えめながらも、意志を曲げるつもりはないようできっぱりと言い切った。
「まぁ・・・いいでしょう。自分の意見が言えるのもあと数ヶ月でしょうし・・・それまでは言うだけの自由は認めましょう。言うだけの・・・ですが。では、出発しますので、馬車へお戻り下さい。それと、お前・・・馬車には乗せられないが、村までは案内しろよ」
テスターが俺に一瞥をくれると、吐き捨てるように言った。
――態度悪っ。いるよね、こういう奴・・・敵意? いやただ見下されているだけかな?
「ねぇ! ちょっと、私たちはどうしたらいいの?」
ルージュはテスターの横柄な態度にまったく怯むことなく、いつもの調子で彼に声をかけた。
「なんだお前・・・ふん、まぁいい、お前らも一緒に走って案内を・・・」
テスターはルージュの不躾な態度に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま気を取り直したように話し出した。
「テスター副団長!」
ヴェールが馬車に乗り込んだ途端、大声を出して会話を遮った。
「! なんでしょうか聖女様」
テスターが仰々しくヴェールの呼びかけに応える。
「三人とも馬車に乗せて差し上げて下さい。案内は馬車からでも問題ありませんので・・・」
だんだん小声になるヴェール。
テスターは、こちらを一瞬睨んだあと、顎で俺たち3人に馬車に乗るように促した。
「なんなの、あいつ!! 下品な成金みたいな格好して・・ブン殴ってやりたいわね!」
ルージュが鼻息荒く、俺とアマリージョに小声で囁く。
「ちょっと聞こえるぞ! まぁ同感だけどさ・・でも、俺、なんか気に障ることしたかな?」
「おそらく身分が下の者には、とことん横柄な態度をとるタイプの人なんでしょうね」
俺が首をかしげながら呟くと、アマリージョが冷静かつ的確にテスターの人物像を分析した。
――どこの世界にもイヤミで、どうしようも無いことにこだわる奴はいるんだな・・・
そんな事を考えながら、3人で馬車に乗り込む。
――なんだか、めんどくさそうな奴だし、これ以上は刺激しないようにしよう
そう思ったところでアクシデントが起きた。
「あ~!! これは困りましたな! 先程の戦闘でどうやら馬が怪我をしていたようです・・・」
テスターのわざとらしい、大きな声が馬車の外から響く。
ルージュ、アマリージョが大きく身を乗り出して、馬車から馬の様子を窺う。その後ろから、ヴェールも心配そうに顔をのぞかせる。
「あっ、本当ですね! 後ろ足の付け根あたりに傷が見えます・・・斬られたんでしょうか、かわいそうに・・」
アマリージョがいち早く傷を見つけて、心配そうな声を出した。
「聖女様、歩くことは出来ると思いますが、長時間走るとなると・・・これでは村までたどり着くのは夜中になってしまい、かえって迷惑がかかるやもしれませんなぁ」
なぜかテスターは機嫌良く、ヴェールに告げる。その態度はあからさまに芝居がかっており、顔には〝村に行くのは諦めろ〟と書いてあるようだった。
『――
突然、ヒカリの声が脳内に響く。
――おそらくだけど、テスターとヴェールの間には何かあるんだろうね。さっきから彼女の足を引っ張ろうとしてるのが見え見えだし、ヴェールが余計な行動をしないように制限して、監視してるよね
『――何かしたほうが良いですか? ヴェールと関わりを持つこと自体が、テスターに目をつけられる事になりそうですが・・・』
――そういう判断はこっちに委ねてくるのか・・・まあでも、さっきルージュが友達って言っちゃったからさ。テスター側と敵対してもヴェールを守ってやりたいよね
『――了解しました。では、特別指示がない限りは普段どおりにしておきますので。それと・・無事で本当に良かったです。お疲れ様でした』
――え!! う、うん。ありがと・・・
ヒカリが、感情を持って話しているように聞こえて一瞬驚く。でも、今のヒカリの声には、間違いなく感情が入っていた。本当に自分の身を、心配してくれていたのだと実感して胸にじんわりとあたたかいものが広がる。
「・・・しかし、馬がこれでは・・・・仕方ないですよね・・・」
ふと気づくと、ヴェールの深刻そうな声が聞こえた。どうやら、ヒカリとの交信中に、馬の怪我と村行きの件について、ルージュ、アマリージョ、ヴェールの3人で話し合っていたようだ。
ヴェールの口ぶりと態度は、半ば村行きを諦めているかのように見えた。
「では、今回は縁が無かったということで・・・聖女様も残念でございましたなぁ」
テスターは馬車の中をのぞき込むと、勝ち誇った顔をしてヴェールを慰めるように言う。
――二人が、どんな関係かは知らないが、ここまでするか? 普通・・・
俺は、モヤモヤした気持ちを抱えながらも、とりあえず成り行きを見守ることにした。
「はい・・・テスター副団長の言われるとおり、馬にも無理をさせるわけにはいきません。ここは残念ですが・・・」
ヴェールが残念そうに唇を噛む。その様子をじっと見ていたルージュが口を開く。
「そうね、残念だけど馬には戻ってもらいましょう。で、私たちは変わりの馬で村に行く。それでいいわよね? ヴェール」
ヴェールはハッとした顔をしてルージュを見つめると、嬉しそうにうなずいた。
「チッ! さっきまで戦場だったんだぞ、変わりの馬なんか用意出来るわけないだろうが!! この馬ももう野営のところで休ませる。ほら、お前! 馬を連れて先に野営地まで戻れ。こちらはもう大丈夫だから、そのまま馬の面倒を見てやれ!!」
テスターが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、イライラを隠そうともせず乱暴な口調で、部下に馬を野営地に連れ帰るよう命じた。
「あ、その馬はいいわ。新しい馬がいるから。ではまずあれを出してっと・・・」
ルージュはそう言うと、お腹の辺りをゴソゴソとしだした。
そして携帯を手に取り、急に鼻の詰まったような声で叫んだ。
「ちゃちゃちゃちゃん・・・・・うまヅラーー!!」
叫ぶと同時に、高く掲げられた左手を見て思わず吹き出す。
ルージュの左手には、あの日、マンションの部屋から持ってきた、馬のかぶり物がしっかりと握りしめられていた。
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