第72話 許さない/Non perdonare

「!! 今の叫び声はルージュ? ヒカリ何があった!?」

 突然響いた絶叫に、心臓が跳ね上がる。


『アマリが斬られました』

 ヒカリの沈痛な声に、背中を嫌な汗が流れる。


「えっ、 斬られた!? 怪我の具合は? 大したことないんだよね? 」


 フラフラの体にむち打って、息を切らしながらルージュの元へ駆け寄る。

 全身が真っ赤に染まったルージュが、放心したようにこちらに一瞥をくれる。


「ルージュ!  だいじょ・・・!! アマリっ!?」


 ルージュの側に横たわるアマリージョを見て言葉を失う。

 まだ、辛うじて息はある。だが、アマリージョの顔からはもう生気が失われつつあった。


「アマリ!! しっかりしろ!!  大丈夫だ! 今、止血するから・・・」

 慌てて声をかけながら、アマリージョの傍らにしゃがみこむ。

 目の前にはオーガがいたが、動く気配はなく、こちらを観察するようにジッとしている。


 携帯の収納から慌ててタオルを出し、背中の傷口に押し当てる。


「ヒカリ!! ヒカリ! どうしたらいい? どうしたら助かる? オーガは? なんでオーガはこっちを見てんだよ!」

 頭が混乱する。勝手に涙が溢れ出てくる。


『ルージュではオーガに手も足も出ませんでした。だからこそ、襲ってこないのです』


「!? どういうことだよ! それよりタオル・・・どうしよう、全然血が止まらない・・・ルージュ・・・お前も押さえろ!」


『オーガは強い者の力を吸収したいようです。だから待っているのです。アマリージョが亡くなるのを・・・』

 ヒカリは恐ろしい言葉を口にした。そんなヒカリに怒りが抑えられない。


「やめろ!! アマリは大丈夫だ! ほら、血もだんだん止まって来ているだろうが! まだなんとかなるんだよ! あっ、湧き水! 湧き水飲んだら治るだろ!?」

 傷口を押さえているタオルが、あっという間に真っ赤に染まる。恐ろしいほどのスピードだった。


玄人クロード・・・。アマリージョはもう・・傷口が肺まで達しています。もってもあと10分が限界かと・・・』

 ヒカリの声が静かに響く。涙が頬を止めどもなく流れた。


「そんな・・・アマリ? 嘘だ・・ なんかふざけてるだけだろ? ルージュと俺をからかってるんだよな? ルージュ! そうだろ。そうなんだよな!?」


「・・・い」


「えっ?」 


「うるさい!!!! もう黙って。 クロードは早くアマリを連れて逃げて。アマリは・・あの子は寂しがり屋なの。だから・・最期に一人にしないで・・そばにいてやって」

 ルージュは涙を堪えるように必死に唇を噛んでいる。

 唇の端から血が一筋、流れ落ちた。


「ルージュ・・・ 」

 ルージュの悲しみ、憤怒が凄まじい勢いで溢れ出ている。ルージュにかけるべき言葉が見つからない。


 ルージュはアマリージョの耳元でなにかをささやくと、最後に愛おしそうに彼女の頭をなでて叫んだ

「早く行け!!! バカクロード!」

 ルージュの目から涙が溢れる。


「お前・・・よくもアマリージョ・・私の妹を・・死んでも許さない、あんただけは絶対に!!」

 ルージュは静かに立ち上がり、オーガに対峙する。

 ルージュの目は燃えるように赤かった。


「ジュンバンガチガッタガ、オモエラゼンイン、コロシテ・・・キュウシュウスル。オレサマノカテニナル、アリガタクウケイレロ」


「お前だけは・・・お前だけは、死んでも殺す!」

 ルージュが折れた剣を拾い、声にならない叫び声を上げながら真っ直ぐオーガに突進する。


「駄目だ!! ルージュ!」

 怒りで我を忘れているルージュだったが、敵の剣は見えているようだった。

振り回される剣を、ほんの数センチ、数ミリという距離で躱し、剣を突き立てている。


「剣が・・」

 ルージュがいくら強くても、剣があの状態では勝てるはずもなかった。


「そうだ、携帯!! あれ使えるよな!? 来るときに持たされたやつ」


『はい。使えると思います。でもワイバーンのようには・・危険です』


「アマリージョはどれくらいもつ?」

 アマリージョの恐ろしいまでに白くなった頬に手をやりながら尋ねる。


『あと7分ほどかと』


「敵の増援は?」


『そのことですが、いなくなりました』


「えっ!?  なんで?」

 予想もしていなかったヒカリの答えに驚く。


『どうやら混じっていた人間と交戦していたようで、今も戦っていると思われますが、かなり数を減らしています』


「そうか。じゃそっちは心配しなくてもいいわけか・・・」


「アマリージョ、ごめんな。こんな所で。ルージュを助けたらすぐ戻ってくるから。ついでにオーガも倒してくるから・・・そこで見ててくれよ、すぐだから、待ってて」

 祈るような気持ちで、アマリージョの手を握りしめる。かすかに握りかえしてくれたような気がした。


「ルージュ!! 俺に考えがある! そのまま攻撃を!」

 ルージュの元へ走りながら、通信で呼びかける。


「クロード!! アマリは!? あの子を連れて逃げてって頼んだでしょ!!」

 ルージュが怒ったような声で答える。


「ちゃんと連れてく!! でもルージュも一緒にだ!!」


「!! クロード・・・」

 ルージュが一瞬、息をのんだのがわかった。


「・・・それよりこれを、アイツの口の中に入れたいんだ」

 ルージュに駆け寄ると、ヒカリから持たされたスマホを見せる。


 俺も含めて、オーガにはまともなダメージが入らない。

 だからオーガは油断をしている。

 油断している今だからこそチャンスだった。


「じゃ、いくよ!!」

 ルージュに合図を送る。ルージュはうなずくと、オーガの周りを挑発するように回りながら攻撃し始めた。

 オーガは、大きなダメージが入らないとはいえ、周りをチョロチョロされ、あちこち細かく斬られることに苛立っているようだった。

 走るルージュを、捕まえようと、剣を大きく振り回している。


 そして、その瞬間は来た。


 ルージュを追い詰め、オーガがルージュに向かって剣を振り下ろす構えを見せた。その瞬間オーガが大きく咆哮した。


 タイミングはピッタリ。

 口を大きく開け、咆哮するオーガ目がけて飛び出し、携帯を握りしめた腕ごとオーガの口の中に突っ込んだ。


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