第68話 斥候/ricognizione
村を出てから数分、ゴブリン討伐のために全速力で走る俺とルージュ、アマリージョのもとにヒカリから通信が入った。
『これより通信を4人で共有します。
「わかった。じゃ、二人とも俺についてきて。アマリ、風魔法をお願い」
俺のすぐそばを走っているアマリージョに目線で合図を送る。
「はい!《・・・》」
アマリージョがなにやら呪文を唱えると、風魔法が発動し3人の身体を包んだ。
体が軽くなり、走るスピードが上がっていく。
「ありがとう、アマリ。このスピードなら真っ直ぐ接触まで3分・・・くらいかな」
ぐんぐん加速し、体が浮いている気さえした。経験したことのない疾走感だった。
『はい。正確には2分47秒です。それと、目標のゴブリンの先に増援です。距離はありますし、こちらに向かって来てはいないようですが、ゴブリンを倒せば気付かれるかも知れません』
「増援?」
聞き捨てならない言葉に、走りながらも思わず眉をひそめる。
『増援というよりも、本隊、そのものですね。例のオーガがいます』
ヒカリはあくまでも冷静沈着に、事実だけを淡々と伝えてくる。
「えっっっ!? 一旦止まろう!!」
オーガと聞いて、急ブレーキをかけるように慌てて足を止める。
俺のすぐ後ろを走っていたルージュとアマリージョは、突然止まった俺に面食らい
「え!! 急に!?」
「止まれませんー!!」
と叫びながら、失速した俺の左右の脇を勢い余って駆け抜けて行こうとした。
「ちょっ! 止まってくれー!!」
慌てた俺は思わず、右手でルージュを、左手でアマリージョをつかんで引き留め、二人はつんのめりながらも何とか止まった。
「はぁ~、よかった止められて・・。それで、確認なんだけど・・・ん?」
「・・・」
「・・・」
「あっ!! ご、ごっ、ごめん!!」
しっかりと右手をルージュと、左手をアマリージョとつないだ状態だったことに気づき、慌てて両手を離す。
「ど、どうってことないわよ!!」
「き・・気にしてませんから・・・」
二人とも、なんだか顔が赤いな。少し痛かった? それとも走らせすぎただろうか?
「コホン。お、驚かせちゃってごめんね。ちょっと確認だけ、一緒にして欲しくて・・・悪いね。ヒカリ、手前にいる目標のゴブリンは全部で5匹だっけ?」
『はい』
「その奥の本隊の方は?」
『例のオーガとワイバーン、それとゴブリンなど合わせて70匹ほどです』
「70は全部ゴブリン? あれ、何だっけ?ダチョウみたいなやつ・・・あれの数も入れて70?」
『ダチューですね。数には入れてませんが、ゴブリンとほぼ同数いるので、総合計では150匹を超えます』
敵の戦力を聞いて不安が胸をよぎった。
「どうしたのよ、クロード?」
「クロードさん、大丈夫ですか?」
急に無言になった俺を、心配そうにルージュとアマリージョが見つめている。
「あ、ごめん・・・ヒカリ、手前のゴブリンだけを倒して逃げた場合、その後、本隊に見つかる可能性は?」
気を取り直して、ヒカリに尋ねる。
『今、気付かれずに手前のゴブリンを倒せたとしても、本隊を野放しにすれば、近いうちに村は見つかり襲われる可能性が高いと思います』
「遅かれ早かれってことか・・・」
なんとなく想像はしていたつもりだが、実際に言葉にされると、ずっしりと重みを持って心にのしかかってくるようだった。
「クロード! 大丈夫よ!! 私はいけるわよ!」
「クロードさん! 私もです!」
ルージュとアマリージョが笑顔で力強くうなずいた。
この二人の笑顔には、もしや凄いパワーがあるのだろうか、さっきまで迷っていたのが嘘のように何だか勇気が湧いてくる。
「そっか、みんないれば何とかなるよな・・・。よし! じゃいくか!!」
何だかよく分からないけど、何とかなるような気がして大声で叫ぶ。
「おーっ!!」
「はいっ!!」
ルージュとアマリージョも気合い十分だ。
『私も精一杯サポートします』
ヒカリはみんなを導く心強い上司だ。
再度、結束を誓い、覚悟も決まったので、遅れを取り戻すかのように全力で走り出す。
「まずは手前のゴブリン5匹。俺が先に突っ込んで殴り飛ばすから、残った奴をルージュ・・・お願い。魔石の回収は全て片付いてからと言うことで・・・」
「ええ、わかったわ」
ルージュは余裕たっぷりに答える。
「じゃ私は・・・これを・・・」
《ウインドアーマー》
アマリージョが呪文を唱えると、3人の身体の周りに薄い風の層が出来た。
「お、ありがとう。そう言えば、アマリも呪文を唱えるようになったんだね」
たくさんのことに気がつき心を砕くアマリージョは、顔には出さないがきっとこの状況に一番緊張しているだろう。
少しでも緊張を解そうと無駄に話しかけてみる。
「はい。ヒカリさんに言われて・・・その方が威力と精度も上がるからと・・・」
アマリージョが一瞬小さく息をつき、微笑みながら答える。
「そうらしいね。俺も今じゃ唱えまくりだし・・・」
「2人とも・・・おしゃべりはそこまで。見えたわ。ゴブリンよ」
ルージュの声は緊張感を帯びていたが、顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「OK、確認した。よし突っ込むぞ」
俺はそう言って、全速力でゴブリンの群れに突っ込んでいき、手前の一匹めがけて飛び蹴りを食らわした。
「グギャーーー!!」
蹴りを食らった先頭の一匹が、背後にいたもう一匹を巻き込んで10メートルほど飛んでいき、黒い霧に変わる。
それを見た残りのゴブリンは、一瞬驚いた表情を浮かべた後、慌てて手に持つ武器を持ち直し身構えた。
「お前ら、少し反応が遅かったみたいだな」
俺がそう呟いた時には、残りの三匹のゴブリンは首を切られて、黒い霧に変わりつつあった。
「・・・はい、片付いたわよ」
ルージュが静かに息を吐きながら微笑む。
「相変わらず強いな、ルージュは・・・」
圧巻の強さと美しさを兼ね備えた最強の女剣士のようだと思った。
「でも、最初にクロードが気を引いてくれたお陰よ。じゃなければ、こんなにあっさりは倒せないわ」
普段、人を褒めることのないルージュがそう言うと、本当にそう思えてくるから不思議だ。
「そうですよ、クロードさんもかなり強いですよ。今のスピードも今までで一番速かったですし」
後衛についていたアマリージョが、いつの間にかそばにきていた。
「そうかな? 2人に言われるとなんか照れるけど・・・嬉しいね」
鼻をポリポリとかきながら恥ずかしさをごまかす。
『お話中すいません。懸念していた本隊の動きについてですが、どうやらゴブリンが倒された事に気付いたようです』
一瞬流れた、ほんわかムードを打ち消すように、ヒカリの冷静な声が響く。
「やっぱりね。配下の魔物の場所と行動はある程度、把握出来るのね」
ルージュが別人のように鋭い視線を、黒い霧となって漂うゴブリンの残骸に向けながら言う。
「戦うにしても、出来ればこっちから不意打ちをしたかったけど・・・チッ、仕方ないか」
思ったように事が進まないことに軽い苛立ちを覚え、思わず舌打ちをしてしまう。
「眷属と戦うのに贅沢は言っていられないわ」
「私も、そう思います」
ルージュとアマリージョは、どこまでも腹をくくっているらしく言葉に一切の迷いがなかった。
「そうだよね・・・まあ元々、ケナ婆さまとの約束もあるし。そのタイミングが今来たってだけで、戦い方まで指定するのは贅沢な話だね」
そうだ、彼女たちがここまで腹をくくっているのに俺が迷っていてどうするんだ。
ちょっと気を緩めるとすぐに出てくる弱い心を胸の奥深くに閉じ込め、自分を奮い立たせる。
「その通りよ!」
「そうですね」
にっこり答えるルージュとアマリージョの笑顔が、また俺に力をくれる。
「よし。じゃ正面から突っ込むけど・・・まずは俺が土魔法で大量の砂を出すから、アマリはそれを風で飛ばして敵全体に目眩ましをお願いできるかな?」
「はい! まかせて下さい」
アマリージョが胸を張って答える。
「その後は、俺がオーガとワイバーンを蹴り飛ばして、少し距離を取ったところで足止めするから、ルージュとアマリで、ゴブリンを全部片付けてくれる?」
頭の中で戦略を練りながら、ルージュとアマリージョに指示を出していく。
「ええ、こっちは問題ないわ・・・それよりクロードは大丈夫なの?」
「そうですよ、オーガだけでもどうなるか分からないのに、ワイバーンまでなんて・・・」
ルージュとアマリージョはあからさまに心配そうな顔をしている。
「大丈夫だよ・・・足止めをするだけだし。ちゃんとルージュとアマリがゴブリンを倒して合流するまで無茶はしないよ」
二人を安心させるように、落ち着いた声のトーンで少しゆっくり話す。
「本当に? わかってるならいいけど、無茶しないでよ!!」
「お願いですから、絶っっっ対に、無理しないでください!」
ルージュとアマリージョの必死な言葉に、こんな時なのに自分の身をこんなにも案じてくれる人たちがいることを幸せに思う。
「わかってるって・・・じゃ行くよ」
二人のためにも、絶対にやられる訳にはいかない。
固い決意を胸に、オーガの待つ本隊に向かって全速力で走り出した。
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