第69話 咆哮/ruggito

 どれくらい走っただろうか。ふと、そんな考えが頭よぎった時、ちょうどヒカリから通信が入った。


玄人クロード。そろそろ本隊の近くです。さきほど正面からとは言っていましたが、向こうはこちらに気がついていないようですから、一度隠れて、やり過ごしてから後ろから不意打ちしてはどうでしょうか?』


「そうか・・・向こうもまさかこっちから来るとは思ってないだろうし。それならそこの森に一旦隠れて奇襲をかけるのも手だね」

 ヒカリの、実に的確なアドバイスをルージュたちにも提案するべく、またもや走るのを一旦止めて、三人で緊急の作戦会議を開く。


「森に隠れて奇襲・・・それはいい考えね。でも、私は正面から囮になるわ。クロードとアマリは背後から目眩ましをして頂戴」

 ルージュは、ヒカリの意見に賛同しながらも、冷静に自分の作戦を口にした。


「囮って・・・そんな、それじゃ姉さんが・・・」


「大丈夫よ。それにこっちに気を取られているほうがクロードも分断しやすいでしょ」

 ルージュはアマリージョに微笑みかけながら、自信たっぷりにそう答えた。


「確かに・・・それはそうか」

 ルージュの意見は的を射ていた。


「ねぇ、ヒカリ、オーガの位置は本隊の後ろでいいのよね」

 ルージュが自分の作戦を実行するべく、ヒカリに最終確認をしている。その表情に恐れや迷いは一切感じられなかった。


『はい。ワイバーンに乗ってはいますが、本隊の一番後ろにいます』

 どうやらヒカリも、ルージュの提案に異存はないらしい。


「OK! じゃあ、決まりね」

 ルージュは笑顔でウインクをすると、アマリージョの肩をポンと叩いて一人走り出して行ってしまった。


「ああっ! 姉さん!!」

「ルージュ!! ・・・仕方ない。ルージュの言う作戦でやろう、きっと大丈夫」

 心配そうなアマリージョを元気づけるため、つとめて明るく振る舞いながら、ルージュの背中を見送った。


     ♣


「なんなんだ・・・アレは・・・」


 アマリージョと森に隠れて10分近くが経とうとしていた。

 ルージュは100メートル以上先の平原に一人横になっている。


「・・・いくら、本隊が来るまで暇だからいっても、横になるバカがどこにいるんだよ?しかも大の字で・・・」

 アマリージョには聞こえないように、小さい声でブツブツ文句を呟く。


「なっ! クロード! 聞こえてるわよ! 通信、共有されてるんだからっ!!」


「あっ、いや・・その・・・ごめんごめん。ルージュ、余裕綽々だなって感心してたんだよ。でも、そろそろだから油断したらダメだよ」


「わかってるわよ」


「あっ!! 姉さん! 見えますか? 来ました! 先頭はゴブリンです!」

 アマリージョは緊張感を滲ませながらも、いたって冷静に告げた。



「ええ、見えてるわ! じゃ、手はず通りにお願いね。タイミングはクロード達にまかせるから!」

 ルージュの声は楽しげですらあった。


「あぁ、じゃルージュ。絶対に無理はするなよ」

 祈るような気持ちで、アマリージョとさらに身を屈め、息を潜める。本隊の先頭にいたゴブリンがルージュに気づき、ゆっくりと近づいていった。


「・・・本隊の後ろがまだ見えない」

 敵は思ったより大所帯なのだろうか? 少し焦りながら呟く。


「でもゴブリンは、もう姉さんに接触してしまいますよ」

 アマリージョの顔にも焦りが浮かんだ。


「このままじゃまずいな・・・分断どころか、本隊が広がりすぎだ」

 出るべきか、隠れているべきか、どちらの判断が正しいのか見当もつかない。時間にしてほんの数秒が途方もなく長く感じた。


 突然、ルージュから通信が入る。

「・・・大丈夫よ、クロード。こいつら先に始末するから、そうすれば本隊も慌ててこっちに来る。それで本隊が揃ったら打ち合わせ通りに・・・アマリも頼んだわよ」


「それは危なくないか?」

 思わず反論してしまう。


「でも、それがベストよ」

「・・・それがベストか」

 ルージュの意見は正論だった。


『では、私の合図で作戦開始です。ルージュは合図まで待機してください』

 ヒカリが見計らったかのように、指示を出す。


「ええ」

「はい!」

「わかった」


『ルージュの所には6匹が近づいています。射程に入るまで10秒です。それではカウント・・・いきます・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・』


 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。

 ヒカリがカウントを終えたかどうかも定かではなかった。

 大の字で寝転んでいたはずのルージュが、今は黒い霧の中で、剣を構えて立っていた。


「!? アマリ・・今、何が・・・?」

「・・・わかりません・・・見てたのに・・・気がついたら、ゴブリンが全部消えていました」

 アマリージョと顔を見合わせながら、呆然と呟く

 本当に一瞬の出来事だった。瞬きをする暇もなかった。2人でずっと見ていたはずなのに何ひとつ見えなかった。

 あっけにとられながらも、じわじわと喜びが湧いてくる。もしかしたらルージュはとんでもなく強くなっているのではないだろうか。


 これは嬉しい誤算だった。

 元々、強かったルージュ。

 この数ヶ月で、さらに腕を上げたのだろう。

 もしかしたら、眷属のオーガにも勝てるんじゃ・・・?


 なんだか、希望が見えてきた。希望は人の心を明るくする。

「よし!! アマリージョ、今度は俺たちの番だ」

「はいっ!!」

 アマリージョと顔を見合わせ、気合いを入れ直し小さく微笑みあう。次の瞬間、


「グオォォォォォォオオ!!」 


 ゴブリンがやられたことに気づいたオーガが、咆哮した。

 それは聞いたことのない、地獄の底から這い上がってくるような叫びだった。

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