第64話 なんという事でしょう/Before after

「ん・・・あれ?」

 開いたままのカーテンから差し込む日差しが眩しくて目が覚めた。ガバッとベッドから起き上がり部屋の中を見渡す。

 テーブルの上の、食べた終わったまま放置されたカップラーメンの容器やお菓子の袋などを見て、昨日一日、何もせずに部屋に引きこもってダラダラと過ごしてしまったことを思い出す。


 やったことと言えば、マンガを読んでカップラーメンを食べて、またマンガを読んでゴロゴロしただけ、挙げ句そのまま寝てしまったのだ。いわゆる〝寝おち〟というやつだ。

 ヒカリは一階で作業をすると言ってしたが、音も聞こえなかったので、快適にぐっすりと眠ることが出来た。二日酔いもすっかり治って気分爽快だった。


――おはようヒカリ・・・作業はどうなった?


『――おはようございます玄人クロード。作業は無事に終了し、〝快適に〟暮らせる家に生まれ変わりました』


――そっか、よかった。ありがとう、全部まかせちゃってごめんね

 ヒカリの言う〝快適に〟が、妙に意味ありげに聞こえたが、まあ、完全委託してしまったし、昨日のリフォームを見てるから、あそこまで驚くことは無いだろうと高をくくっていた。

 とりあえず着替えて、廊下に出る。


「? あれ・・・?」

 なんだか廊下が広い。

 確実に2倍の以上の広さになっている。

 内心驚いてだが、昨日から驚かされてばかりなのがちょっと悔しくて、軽く対抗心を燃やし、平然とした振りをして階段を降りていく。


――・・・あ、うん・・・降参だな、これは・・。余計な対抗心とか燃やしてすみません。ほんと凄いよ、ヒカリ。

 一階に降りた途端、思わず息をのんだ。


『広さを3倍くらいにして、暮らしやすいように配置を直しただけなのですが・・・』


――すげぇ・・・これを一日でやったんだよね?


『はい。もうこのぐらいの作業なら手慣れたものです。それと直した部分で言いますと、お風呂のついでに水洗のトイレも付けました。それと電力の問題が片付いていましたので、照明と空調を付けてあります。もちろん玄人クロードの部屋にも急いで付けますので』


 ヒカリの声はなんだか弾んで聞こえる。作業が順調に進んで、ご機嫌なのだろう。


――本当にありがとう。トイレだけは本当に慣れなかったから助かったよ・・・マジでうれしい、感謝だよ


『それは良かったです』


――それで・・ここは何に使う部屋?


『一階の間取りについて説明しておきますね。まずこちらがリビングです。主に来客用のスペースです。隣がダイニングで、こちらの部屋とは壁を動かして収納することで、繋げて使用することも出来ます。最大で20名くらいまで使えると思います。奥がキッチンと食料庫。そちらがトイレ。その奥が脱衣所とお風呂です。折角なのでお風呂は大きくしておきました。それと玄関があちらです。物をしまうスペースと装備などを脱いで置けるスペース、あと馬車の倉庫に外に出なくても行けるように入り口を繋げておきました』


――あとは? もうない? 家が変形して巨大ロボになるとか・・・屋根から核ミサイルが飛び出すとか・・・


『――よくおわかりですね。実は・・・』


――!! うそっ! マジで? ちょっとやりすぎで・・・・


『――あ、冗談ですよ』


――・・・・・なんだ。よかった・・変形するロボはいないんだな・・


『――当たり前じゃ無いですか? さがにそんなことしませんよ』


――まぁ、それもそうか・・・でも、本当ありがと・・おかげで快適に暮らせそうだよ


『――お役に立てたのなら良かったです』

 その後、ヒカリに解説してもらいながら家の中を順番に見て回った。

 ヒカリ建設会社は、見れば見るほど、実に見事な仕事ぶりだった。

 特にトイレと風呂はこだわりの作りらしく、家の中で一番落ち着ける場所と言っても過言ではなかった。


――朝ご飯を食べたら、風呂入ってみてもいいかな


『――はい、是非』

 ヒカリの声はあからさまに弾んでいた。あまり感情を出さないヒカリにしては珍しいことだった。


――あと、その他の変更点とか、何か言っておくことはない?


『――はい。報告ならば一つあります』


――報告?


『――以前マンションから持ってきた携帯電話ですが、魔素を介して充電と通話が可能になりました。それと収納の魔法陣を付与することでリュック1つくらいの荷物を携帯に収納出来るようになりました。さすがに魔法を発動するまでは出来ませんでしたが、ルージュとアマリに携帯電話を持たせれば、ある程度の距離ならば連絡が可能になります』


――携帯か・・・そういえば大量に持ってきてたね。通話できるようになるなら、かなり便利かも。おまけに収納も使えるとは・・・アプリとかは使えないの?


『――今のところはカメラだけですね・・・でも基本的に私とリンクしているので、地図を表示したりは可能です』


――でも、かなり便利になるよね。ルージュとアマリが来たら、好きな携帯を一台ずつあげようか?


『――それがいいと思います』


「おはよう、クロード! いるー?」

 バタンという音とともに玄関のドアが勢いよく開いた。


「お、ルージュ。すごいナイスタイミング! ちょうど話したいことがあったんだよ」

 リビングから玄関へ繋がるドアを開けながら、ルージュを声をかける。


「おはようございます、クロードさん」

 そこに立っていたのはルージュではなく、アマリージョだった。


「えっ? おはよう、アマリ。あれ? ルージュは?」


「今、そのドアから勝手に中に入って行っちゃいました・・あの・・・これ、なんですか? ドア・・増えてますよね?・・・あれ?・・そもそもこんな家でしたっけ?」

 アマリージョが戸惑いを隠せない表情で、入ってきたドアから一度外へ出て、家の外観と内装を見比べている。


「あ・・ごめんね、驚かせちゃって。家は同じままなんだけど・・リフォームってわかるかな? 内装を変更して、模様替えみたいな・・?」

 うまく説明できずしどろもどろになってしまう。アマリージョはますます不安げな顔をしてこちらを見ている。


「クロード! あ、いた。何よこれ!! なんでここが馬車の倉庫と繋がってるの? こんな作りだったっけ? そういえばそんな気もするけど・・。まあ、どうでもいいけど部屋はどこよ?」

 ルージュがキョロキョロしながら倉庫に続くドアから顔を出した。


――なんという適当さというか、順応力の高さなんだろう。やっぱルージュはルージュだな・・・

 そう思いながら「部屋はこっちだよ。どうぞ」と言って、手招きしながら部屋に続くドアを開けた。


「え・・・すごいです・・」

「やっぱり!! 部屋が変わってる! 私の勘は正しかったじゃない!」

 ルージュとアマリージョの2人が部屋を見て驚く。


「いや、ヒカリがね・・・家の内装を全部直してくれたんだよ」


「え? ヒカリって大工だったの? 通りで・・・。あの四角い箱はヒカリじゃなくて、ヒカリの大工道具だったってことね。どうもおかしいとは思ってたのよね。そもそも・・・」


「姉さん、もう分かったから。ちょっと落ち着いて。ね?」

 アマリージョが子供を諭すかのようにルージュをなだめている。


「え? なんでよ。まぁ・・・そうね、大工道具でもかまわないわよね!」

「うん、そうね。すみません、姉さんには後で説明しておきますから・・・」

 アマリージョが申し訳なさそうに俺に向かって小声で言う。


「いや、全然いいんだけど。それより今日はどうしたの?」


「あ、そうでした。実はこちらを渡しに来たんです」

 アマリージョはそう言って、可愛い黄色の手提げ袋から以前ブルーノの所で採寸した装備の服と手紙を出してきた。


「お! これって・・・」


「はい。出来上がったみたいで、今朝、店の前を通ったら渡されました。あと、こちらはブルーノさんからの手紙です。3人宛だったので、読まずに持ってきました」


「わざわざありがとう。じゃお茶でも入れるから手紙を開けようか」


「じゃ私がお湯つくるわ」

 ルージュが人差し指をクルクル回しながら火魔法で水を温めてくれようとしていたので、蛇口が付いてお湯も出るようになったことを伝えた。


「何それ・・・」

「凄いですね、これもヒカリさんが?」

 二人とも開いた口がふさがらないといった様子でポカンとしている。


「そう、あとこっちの風呂とトイレも」


「「え?!」」


 それからの、ルージュとアマリージョの興奮ぶりは言うまでもない。家の中を全て探索し、きゃあきゃあはしゃぎながら楽しそうに話す二人の姿は、まるで新婚カップルのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る