第63話 秘密基地/Base segreta

――おはよう、ヒカリ。今日は狩りが休みで特にすることもないんだけど、何か手伝うことってある?


 少し寝坊してゆっくり目覚めた朝、ベッドから起き上がり、大きく伸びをしながらながらヒカリに話しかけてみる。

 この2カ月、部屋には危ないから入るなと言われていて、ルージュたちと狩りに行かない日は、朝一でヒカリに手伝うことがあるか確認するのが日課になってはいたが、決まって返事は「ありがとう、大丈夫です」だった。


『――おはようございます、玄人クロード。ではちょっと部屋まで来て頂けますか?』


――わかったよ。じゃ今日も適当に魔法の練習とかしておくから・・・ん? あれ? 今何て言った? 来てって言った? 


『――はい。言いましたよ。部屋に来てもらえますか?』


――!! はいっ! すぐ行きますっ!!

 ついに来た!! この瞬間! あわててベッドから飛び出すと、着替えも早々に期待と不安を胸に、ヒカリの部屋に急ぐ。


 ヒカリの部屋の前に立つと、なぜか妙な胸騒ぎを覚え、思わず手が汗ばむ。一度、大きく深呼吸をしコホンと小さく咳払いしてからドアをノックする。

「コンコン、ヒカリ入るよ。おじゃましま・・・え? ・・・なにこれ?」


 ドアを開けると土の壁があった。

「あれ? 壁? どうなってんだコレ? おーい! ヒカリ・・・」

 壁をドンドンと叩きながらヒカリを呼ぶ。


『あ、すいません』

 奥の方からヒカリの声がすると土の壁がゆっくりと横へ移動して視界が開けた。


「!!!」

 驚きと衝撃で、ポカンと口を開いたまましばらく固まってしまった。


「部屋・・・部屋が・・・何コレ・・・てか広っ、デカっ、どこ? 何ここ」

 目の前には、20畳のほどの広い部屋に綺麗に並べられた棚や机、椅子、それにマンションから持ってきたテレビなどの電化製品。

 部屋の奥にはドアが3つ見える。


「え・・なにこれ? どういうこと? ここはどこなの?」

 夢でも見ているのか、はたまた別の場所に転移でもしたのかと思い、改めて聞き直してみた。


『部屋自体はあの部屋です。玄人クロードの部屋の2つ隣です』

 ヒカリの声はいたって落ち着いている。


「でも、なんか・・・デカ・・デカくなったよね? 育った・・?」

 思いも寄らない状況を目の当たりにして頭が混乱してしまう。


『広さは同じですが、馬車と同じ収納系の魔法陣を張って、部屋を広く使っています。大きさで言うと5倍くらいです』


「それにこれ部屋の壁の色まで・・・若干黒くなってる気がするし。そもそも棚とか机とか、っていうか誰が並べたの? これ」


『えーとですね。壁が少し黒いのは部屋中に結界を張っています。村にある結界の応用で外から部屋の中を感知出来ないようにしています。そこの棚とか机は彼らに作らせました』

 ヒカリがそう言うと、ソフビ人形が9体、棚の陰から出てきた。


「うわっ! すげぇ! なんかかわいいな。動きがリアル過ぎてちょっと気持ち悪い気もするけど・・・」


『それからレイアウトなど力仕事は後ろの彼に・・・』


 そう言われ後ろを振り向くと、入り口の土の壁が動いた。


「ぎゃー!!」

 よく見ると、土で出来た2メールほどある人形・・・いやこの感じはゲームなどでよく見たゴーレムにそっくりだ。


「これ、ゴーレムだよね?」

 おそるおそる近寄りながら、まじまじと見つめる。


『はい。様々なゲームを参考に、以前玄人クロードが出した土で作りました』


「あ、なるほど・・・魔法練習した時のやつか。それにしても仲間が増えてるし、ゴーレムなんて戦ったらすごい強そうだけど」


『ソフビ兄弟はともかく、ゴーレムはそこそこ強いと思います。ただ土なので弱点が多いのも確かです』


「そんなものか・・・ルージュとだったらどっちが強いかな?」

 唐突に、あのゴブリンと戦っていた時の美しいルージュの姿を思い出す。


『間違いなく、ルージュですね』

 ヒカリは迷うことなくあっさりと断言した。


「強さと見た目は関係ないんだね」


『そうですね。魔石がそれぞれ成長していけば、強くはなると思いますが、現在ルージュもどんどん強くなっていますから、勝てるほどには強くならないと思います』


「で、ほかにも何かしてたんだよね? 今見る限りじゃ想像すら出来ないんだけど・・」


『はい。そのほかですと、まず水道を引きました。あとはそこの蛇口を付けてもらえれば2時間ほどで水が出るようになります。お湯も出せるので浴室につければお風呂に入れるようになりますから、明日にでも一階をリフォームしようと思っています。それとついでですが村の井戸にも数日で、水が戻ると思います』


「えーっ!? ヒカリすごい!! 水出るの? 蛇口? これってマンションのやつだよね・・・それに今、井戸に水が出るって言った?」

 もうすごすぎて開いた口がふさがらない。ヒカリはリフォーム業者なのか・・・?


『蛇口はソフビ兄弟にマンションに取りに行ってもらいました』


「水の方は?」


『湧き水のところから、水道管を引きました。井戸もです』


「水道管って・・・もはや公共工事だよね? ヒカリって何かの業者じゃないよね?」

 完全に理解の範疇を超えている。リフォーム業者どころか、もはや建設会社とかそんなレベルだろう。


『皆さん湧き水を気に入っていましたから。あと、蛇口も沢山持ってきたので村の方達にも配ってください。どの蛇口も魔石が入っていますから、2時間ほどで自動で水道の本管と繋がり水が出ますので』


「・・・もう、本当に何て言っていいのかわからないよ。有り難いけど・・いや有り難いだけか。そうだね。きっと喜ぶよ。水があれば来年の収穫もちゃんと出来そうだし」

 だんだん冷静になってくると、幸福感がじわじわと湧いてくる。村の人たちの喜ぶ顔が目に浮かんで思わず顔がほころんだ。


『湧き水が出なくなれば違う水源から繋ぐので、味は落ちますが、もう水に困ることはないと思います』


「凄いよヒカリ。何もかもが想像を超えてたよ・・・。それとあの奥の部屋はなに?」


『向かって右が私以外のパソコンなどが入っているコンピュータルームです。言わば私のバックアップ兼頭脳の中枢になります。中央の部屋がソフビ兄弟たちの工房。そして一番左の部屋がトレーニングルームになっています』


「工房? トレーニングルーム?」

 もはや想像の限界を超えてきた。


『工房はソフビ兄弟がいろいろなものを作ったりします。そこの机や椅子なども作りました。将来的には武器や防具なども作成したいと考えています。トレーニングルームは、部屋の中に結界を何重にも張ることで魔法や武器の使用にも耐えられる部屋となっています。新しい魔法や武器を試すときに是非お使い下さい』


「へぇ、なるほどね・・・ってそもそも何なのこれ? 完全に秘密基地っぽい要素満載になってるけど・・・」

 最初から気になっていた素朴な疑問を口にする。


『はい。正解です』

 ヒカリがドヤと言わんばかりの口調で楽しそうに答えた。


「え? 秘密基地が正解?」


『はい。ここの大部屋は、ルージュ達と使用する作戦室みたいのものですね。以前に正式に仲間になるという話をしてから拠点となる場所を作りたいと思っていました。ついでに勝手ながら、隣の空き部屋も魔法陣で広く使えるようにして、個室を5部屋作ってありますから、急な来客などで使用する際も問題ないようにしてあります』


「・・・あ、そうなんだ・・・もう、なんか凄すぎて訳が分かんなくなってきたよ。それに一階もリフォームしてちゃんとした風呂場とかを作るなら、もう全部適当にやっといてくれるかな。特別、希望もないし・・・」

 自分が口出しできる余地はないと悟り、ヒカリに完全委託する。


『了解しました。では明日の朝までには一階のリフォームを終えられるようにしておきますので』

 ヒカリの口調は、どんな無茶ぶりにも完全に答えてみせる有能な秘書のようだった。


「なんだか疲れてきたよ・・・二日酔いで頭も重いし・・・今日は一日何もしないで部屋でゴロゴロしてることにするから。家のことは適当にお願いするよ」

 頭の中の整理が追いつかず、とりあえず現実逃避をしたかった。

 何かものすごいことが起きているような気がするけど、それも一日落ち着いて、頭をリセットしてから考えることにする。


――でもヒカリのやることだ・・・深く考えても仕方ないし、まぁそれでいいのかも知れない。とりあえず、難しいことは考えずゴロゴロするか・・・


 そんなことを考えながら、台所から水と食糧を持ってくると、日本にいた頃の休日を懐かしく思い出しながら部屋に閉じこもった。

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