第52話 買い物Ⅰ/shoppingⅠ

「ゲフーッ!  ゲフッ、ゲホッ」

 翌朝、再びあの声で目が覚めた。


「またかよ・・・」

 二日連続の不快な目覚めに、うんざりしながらベッドに起き上がる。

 だが考えようによっては都合が良かった。

 昨日は、解体された肉しか見ることが出来なかったが、今日はゲフーがどんな鳥なのか一目見れそうだからだ。

「見た目はスゴイが味は格別」

 村のみんなが昨夜口々に言っていた言葉がやはり気になる。


 音を立てないようにベッドから降り、素早く階段を降りた。

 ダイニングテーブルにルージュがこちらに背を向けて座っている。


「おはよう、ルージュ。あのさ、今ゲフー・・・」


「・・・っ、ゲフッ! ゲホッ・・。ん、おはよ、クロード」

 そこには、朝食のパンを片手に持ったまま、むせているルージュの姿があった。


「姉さん、ほらお水。そんなに欲張って食べるから・・・あっ! クロードさん、おはようございます。 姉さん、パンを喉に詰まらせちゃって・・朝から騒々しくてすみません。」

 アマリージョがキッチンから水のコップを持ってきてルージュに手渡す。


――お前かよ・・・


 ルージュはアマリージョから水を受け取ると、一気に喉に流し込み、プハーッと大きく息を吐いた。

「ああ! びっくりした。急に喉に詰まるんだもの! で、クロード何? さっきゲフーとか言ってなかった?」


「いや、なんでもないよ・・・それ食べたらブルーノさんの所に行こうか」

 アマリージョは、既に食べ終わっていたらしく、ルージュが食べ終わるのを待つ事にした。


「はい。でもクロードさんも何か食べてから行きませんか?」

 アマリージョがこちらを気遣うように言ってきた。


「ありがとう、でも大丈夫。ヒカリも待たせているし、なるべく早く全部終わらせたいからね」

 そう言うと、アマリージョは少し残念そうな表情を浮かべたが、ルージュは

「ほうひゅうほこなな、ふぐにへぇへぇるはほ」

 と言って、口いっぱいにパンを詰め込み、出かける支度を始めた。


――また詰まるぞ・・・学習能力ないのだろうか


 結局、いち早く支度を終えたルージュが先に家を飛び出して行った。

 アマリージョと二人で後からルージュを追いかける。


「アマリ、朝食食べなくて悪かったね。買い物が終わったら、3人でご飯を食べようか」

 せっかく勧めてくれた朝食を断ってしまったため、アマリージョが内心がっかりしていたことを感じていたので、やんわりとフォローしてみた。


「はい!」

 アマリージョの顔がパッと輝き、にっこり笑った。


 ブルーノの店につくと、ルージュが商品を見ながらブツブツ独り言を呟いていた。

「おまたせ、ルージュ」

 声をかけてみたが、何かを考えているらしく全く聞こえていない様子だった。

 もう一度、話しかけようと近づくと、ブルーノが挨拶してきた。


「おはようございます。クロードさん、お待ちしていましたよ。お越し頂いてありがとうございます。さっそくですが、裏の倉庫に、大きな家具や必要そうなものを準備しておきましたので、まずは店内より先にそちらをご覧になりませんか?」


「あ、そうなんですか。俺のためにわざわざありがとうございます。じゃあ、そっちから見せてもらおうかな。あと、申し訳ないんですけど・・・これ、追加分の魔石なので後で査定だけしてもらえますか?」


「はい。ではお預かりしておきます」

 ブルーノはそう言って魔石を従業員に預け、店の裏の倉庫の扉を開けた。

 ルージュとアマリージョは店内で、いろいろと商品を物色しているようなので、ブルーノと二人で、倉庫に入る。


 そこには、大きめの家具と生活に必要な雑貨類、それと荷物を積んだままの馬車が3台とまっていた。


「まずは、引っ越しをするという事でしたので、家具など必要な分をお選びください。金額はその都度、書き留めていきますので、最後にオグルベアの魔石で清算といたします」


「ありがとうございます。えーと、まずはベッドですかね。あと、大きめの机と椅子。服などをしまう家具が一つあればお願いします」

 あれこれ考えながら必要な物を挙げていく。


「はい。ではあのベッドと奥にあるクローゼット、陰になってて見えませんが、あの奥にあるテーブルセットがおすすめですね」

 ブルーノは全く無駄の無い動きで、商品を選び出していく。


「じゃあ、それを買いますので記録してください」


「え? もう少し近くでご覧にならなくてよろしいんですか? さわって頂いても大丈夫ですよ」


「はい、大丈夫です。ブルーノさんは優秀な商人と聞いています。その方がお薦めと言うならば、それ以上はないでしょう。それに・・・」


「それに・・・?」

 ブルーノが困惑し、窺うような視線を向けてくる。


「それに・・・です。先日、ブルーノさんは、私と良い付き合いがしたいので先行投資をしてくれるとおっしゃいました。今、この場でわずかでも儲けようとするような商人ならば、さすがに私も後で気づくでしょうし、そうなれば良い付き合いは当然、出来なくなる。まあ、村長さんも一目置く商人が、そんな小さい人物とは到底思えませんし、何も言わないのが私にとっても最善だと判断したまでです。まあ、本音を言うと商品見ても善し悪しが全然分からないんですけどね・・・」

 苦笑しながら肩をすくめる。


「!! ・・・あっはっはっはっはっは・・・これは一本取られました! それに正直な方だ。私の目に狂いがなかった・・・と負け惜しみでも言っておきましょうかね。でも一本取られたままというのは・・・・そうですね・・・良かったら、こっちの馬車の荷も見て下さい。この馬車は王都・ブルクハントからの荷を積んでいまして、城塞都市・ハンク市の店頭に並べるためのものです。少々値も張りますし、この村で売る気もなかったのですが、冷やかしでも構いませんので、どうぞ見てやって下さい」

 ブルーノは、満面の笑みで答えた。


 馬車の中には、様々な商品が並んでいた。

 中でも特に気に入ったのが、肉などの食料品を閉まっておく保存庫と呼ばれる冷蔵庫のような箱と風呂だった。

 保存庫は、魔石に魔力を注入することで、まさに簡単な冷蔵庫のような役割を果たすらしい。

 冷たくなるわけではないが、魔素を充満させることで腐りにくくするらしい。

 あと風呂の方は、いわゆるユニットバスだった。

 木製だけど。

 ヒカリが、この世界の風呂はプールみたいだと言っていたが、最近の流行は家に風呂を持つことらしく、二人くらいで入れるユニットバスが多く売られているとのこと。

 水やお湯は、もちろん自分の魔法で入れる。

 使えない人は、専用の魔法使いを雇うらしい。


 冷蔵庫については、マンションから持ってきたものがあったが、電源がないので使えないため、とりあえずこの冷蔵庫もどきと風呂も買うことにした。

 そのほか、服や靴、下着といった生活必需品、保存が出来る食糧に、調理器具なども購入する。


「すみませんブルーノさん。ここまででどれくらいの金額になりましたか」

 調子に乗ってどんどん買っていたが、ふと我に返る。


「さきほど、追加で持ってこられた魔石とオグルベアの魔石で、合わせて金貨14枚で買い取ります。そして、選んで頂いた商品の合計額は、保存庫を除いて全部で9万4500ギリル、金貨だと約10枚です。ちなみに保存庫は金貨で28枚で販売しているのでかなり高価な品になるんですが、こちらは私からのプレゼントしますので、是非使って下さい」


「え!! そんなの貰えません!! 高すぎます。本当に」

 あわてて首をブンブン振った。


「さきほどのお詫びだと思って下さい」


「お詫び? 何もされてないですけど・・・」


「しました。心の中で少し」

 ブルーノはこちらを見てニヤリと笑う。


「そんなのなら、尚更いいですって」

 どうしていいかわからず、ただひたすらに首を振る。


「でも、そのつもりで馬車を見せたのですから・・・そうして頂かないとこちらも気がすみません」


「クロード、もらっちゃいなさいよ。ブルーノは基本ケチだし、人に物なんかあげない人なのよ。そんな人が言ってくれてるんだから、言うこと聞いてあげなきゃ」

 いつの間にか、ルージュが、アマリージョを連れて倉庫に入ってきていた。


「え、でも・・・うーん・・・じゃ、わかりました。では、お言葉に甘えて、遠慮無く頂戴します」


「ありがとうございます。クロードさん」

 ブルーノがスッキリした顔で言う。


「こちらこそ、ありがとうございます」

 ブルーノと二人で笑い合った。


――それにしても、貨幣単位はギリルっていうんだな。貨幣価値が日本の円と同じだとだとしても、そもそも需要と供給のバランスが違うわけだから、結局高いのか安いのか分からない。まあ、その辺りは適当に慣れていくしかないか


「さて、あとは魔物と戦うための武器や防具だな・・・」


「それは、こちらの馬車にあるので、どうぞご覧になって下さい」


「はい。ありがとうございます」

 俺はそう言うと、ルージュとアマリージョを呼んで、三人で馬車の中の武器を見ることにした。

 武器や防具は、大型の商品と違い、売値の札がついていた。

 最低で数千ギリル、最高だと200万近いものまであった。

 残りの金貨は4枚、約40万ギリル。


「ブルーノさん、残りのお金でルージュとアマリの剣と、簡単な防具、残ったお金で自分の武器が欲しいんですけど・・・」

 もう、何が良いのかさっぱり分からなかったので、ルージュとアマリージョに断りなく、直接ブルーノに聞いてみた。


「そうですか・・・クロードさん、一つだけよろしいですか?」

ブルーノが真剣な面持ちでこちらを見る。


「はい。なんでしょうか」

 つられて俺も背筋をピンと伸ばして答える。


「クロードさんは、今後、主に魔物を狩って生活すると村長からは聞いていますが、ギルドに入って稼ぐおつもりですか?」


「ギルド・・・ですか?」


「あ、えぇ。この昔の人は組合って呼んだりしてますが・・・」


「あぁ、冒険者のやつですか。今のところは考えてはないです。ですが、ケナ婆さまからは、厄災とその眷属を倒すように言われています」

 ケナ婆に言われたことを、淡々とブルーノに伝える。


「・・厄災!? ・・・と眷属ですか」

 ブルーノが一瞬息を飲んだのがわかった。


「はい。眷属は私も一度見ているので、そう遠くないうちに戦うことになるかと思っています」


「そうですか・・・話が思っていた以上でしたが・・・ルージュさんとアマリージョさんも、もしかして戦うつもりですか?」

 ブルーノは静かに息を吐くと、ルージュとアマリージョを真っ直ぐに見て問うた。


「もちろんよ!」「はい! そのつもりでした」

 ルージュとアマリージョが同時に即答した。


「えっ!? そうなの? なんで? 二人は戦う必要ないでしょ、別に・・・」

 なぜか俺がオロオロしてしまい、二人に考え直すように伝えようとすると、


「クロードと会う前から、そういうときは最初から戦うって決めてるんだから! 今さら何言ってるのよ!」

 ルージュがすぐに反論してきた。

 アマリージョも同意見のようだ。


「まぁ、クロードさんがどう考えていても、お二人にはお二人なりの考えがあるようですし。それにこのお二人は一度決めたら、考えを決して曲げないお嬢さんたちですよ」

 ブルーノは、ルージュとアマリージョを見て苦笑した。彼は二人を良く理解しているようだった。


「はぁ・・・では・・・とりあえず三人で戦うみたいです」

 あまり納得もいかず、口ごもりながら言った。


「わかりました・・・少し、時間を頂けますか」

 ブルーノはそう言うと、目をつむり考え込んでしまった。


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