第21話 能力/abilità

 ヒカリが作った魔石を腕と同化させてから、数時間が経過した。


 相変わらず左腕の魔石を入っている部分の傷口が熱い。

 しかし痛みはほとんど無くなっている。

 

 傷口がどうなっているか気になるが、包帯で固定している上に、傷口は全て魔石でふさがっているので、中がどうなっているのかは分からない。


 リスクはあるものだと理解はしているが、それ以上に痛みが無い生活に戻れたことが、何よりも嬉しかった。


――本当に、良かった・・・


 なんだか、安心したら、急にお腹が減ったきた。

 

 何か作ろうと思ったが、昨日から痛み止めとして使ってしまったので、湧き水がほとんど残っていない。


 仕方がないので、湧き水を汲みに行ってから、ご飯を作ることにした。

 腕も痛くなく、水汲みもスムーズに終わる。

 

 洞窟に戻り、パスタを茹でて、塩・こしょう・醤油でなんとなく味付けして食べる。

 お腹もふくれたせいか、今度は眠たくなってきた。


「そういえば、昨日はちゃんと寝てなかったんだっけ。ちょっと眠くなってきたから少し休むね」

 ヒカリにそう告げて休むことにした。



――この日、おかしな夢を見た

――この異世界を、飛び回る夢だ

――大きな山から飛び立ち、いくつも森を抜け、海を渡り、いくつもの街を越え、空を舞う


 普段見る夢とは明らかに違う夢・・・まるで自分が鳥か何かになったような。

 夢と言うよりは、記憶の断片・・・そんな感じの夢だった。


 目が覚めると夜だった。

「あれ、夜か・・・どれくらい寝てたんだろ」


 俺はヒカリに話しかけながら、身体を起こす。


「ん? あれ、身体が思うように動かない・・・」

 状態を半分ほど起こすと、それ以上、力が入らず起き上がれない。


「あれ? なんだこれ・・・腕も感覚がない・・・なにこれ! どうしよう」

 もう一度起き上がろうとしたが、上手く起き上がれず、転がりながらヒカリに助けを求める。


『おそらく魔石が身体と同化を始めたため、その副作用かと思われます。しばらく我慢をしてください』

 ヒカリの冷静な声だけが聞こえた。


 我慢と言われても、身体か全く言うことを聞かない。

 左腕が焼けるように熱い。

 左腕から全身に向かって痛みが走る。


 頭も痛くなってきた。

 頭の内側から釘でも打たれているかのような激しい痛みだ。

 

 痛みはやがて目の裏にも。

 目の裏側にも同じような痛み。

 目の前がどんどん暗くなっていく。


 目を手で押さえたいが、手が動かない。

 痛みだけがどんどん増していく。

 

 もう、耐えられそうもない・・・。

 魔石を入れる選択は、やはり間違いだったようだ


 そう後悔しながら、俺は、意識を手放した。


     ♣


 意識を取り戻したのは、それから2日後のことだった。


 全身の痛みは消えていて、身体はなんともなかった。

 長い間寝ていたためか、口の中がカサカサで声が出せない。

 身体をゆっくりと起こして、ヒカリを見る。


 すると突然、頭の中に直接声が響く。

『――おはようございます。身体の調子はいかがですか?』


「・・・・?」

 なんだ、今の声は?

 どこから聞こえたんだろうか。

 頭の中に直接響いたように聞こえたけど。


『――私です。ヒカリです。今、直接頭の中に話しかけています。魔石のおかけで直接通信が出来ているはずなのですが・・・聞こえていますでしょうか』


「あ・・ぁぁ」

 喉がカラカラで声が出ない。


『――心の中で、私に語りかけてください。通信が出来ると思いますので』


――ちゃんと聞こえているよ。身体は喉がカラカラだけど問題ないと思う


『――では成功です。魔石の能力付与の設定も問題がなかったようで良かったです』


――能力って・・・この通信が出来るようにすることだったの?


『――あ、いえ、通信自体は、魔石を与えていれば誰とでも出来るようです。むしろ設定した能力はこちらの方ですね』

 ヒカリがそう言うと、目の前の何もない空間に文字が表れた。


 思わず、手を伸ばして掴もうとするが何も掴めない。

 でも、確実に空中に文字が浮かんでいた。


――なにこれ?


『――今まで私がパソコンの画面に表示する文字や映像などは、直接画面を見なければ見ることが出来ませんでした。ですが、これからは通信が出来る距離であれば、目の中に直接画面を投影するが出来ます』


――え? これ目の中に映ってるってこと?


『――はい。目の裏側から目に直接映しています』


――空中に浮いて見えるんだけど


『――その距離で見えるように調整して映しています』


――もう少し、離しても映せる?


『――はい』

 そういうと、少しずつ文字が離れていった。


――あ、そこそこ。そこで止めて。この方が見やすいから。


『――分かりました。でもご自分でも、頭で考えれば調整できますよ』


――あ、ほんとだ。


『――それと、今玄人くろとさんが見ている映像は、私の方でも確認が出来るようになっていますので』


――どういうこと?


『これまでカメラからしか見られなかったものが、玄人くろとさんの目を通じて見ることが可能になりました』


――ん? それってもしかして、俺の目がカメラの代わりって事?


『――はい、その通りです!』


――これっていいことなの?


『――とても便利ですよ!』


――俺が便利というより、ヒカリが便利って気がするけど・・・それにプライバシーとか人権っていう言葉、知っている?・・・


『――私も玄人くろとさんも、半分魔物ですから。そういうものはあってないようなものかと思います』


 なんか、ウキウキで喜んでいるように聞こえるんだが・・

 

 だが、これはヤバイ。

 マジでヤバイ。

 

 これは行動を24時間監視されるってことではないだろうか。

 

 仕事がある訳じゃ無いけどサボれない。

 気を抜けない。

 ブラック企業も真っ青の監視システムだよ。


『――そんなに心配しなくても、運命共同体みたいなものですから、大丈夫ですよ』


――全部、聞こえてた!


 もう完全に逆らえない。

 何が同僚だよ。

 何が運命共同体だよ。


 もう完全に鳥かごの中の鳥。

 首輪を繋がれたペット。

 町内会長にもてあそばれる団地妻・・・


『――なんですか、それは?』


「ぐはっ! これも聞こえてた・・・」

 俺は肉体の回復と引き替えに、精神の安らぎというものを捨ててしまったのかも知れない。

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