第19話 二つの月/Due La luna
左腕が痛くて、昨夜はほとんど眠ることが出来なかった。
傷口にタオルをきつく巻き、湧き水で何度も濡らしてやっと我慢が出来る状態だった。
襲われた時の記憶も生々しく、目を閉じるとネズミの赤い目が思い出されので、眠るのが怖くてたまらなかった。
そして、俺は今、ヒカリと将棋を指している。
気を紛らわすため、ヒカリがいろいろ提案してくれて、オセロをやったり、パソコンに入っていた ゲームをしてみたが、結局将棋に落ち着いた。
ヒカリによると、もうすぐ夜明け。
魔石もあと1時間くらいで完成するらしい。
魔石が出来て、傷が完全に治れば、少しはマシな生活に戻れる。
正確には、戻れる確率が高いということだが・・・。
魔石を体内に取り込む事は、おそらくリスクがあるだろう。
ヒカリによると、ヒカリ自身が魔石を作るため、ある程度調整が出来るので大丈夫だと言っていたが、もし腕が10本もある魔物になったらどうしようとか、思わなくもない。
それに、魔物の仲間入りをすること自体がリスクとも言える。
ヒカリを見ていると、それが必ずしもマイナスとは言えないが、この世界において魔物人間? 何と呼ばれるのか知らないが・・・そういう人がいた場合、どういう扱いを受けるか分からない。
もしかすると最悪の場合、この世界の人間に追われながら生活をしなければならなくなるという可能性も十分に考えらる。
まぁ、人間がいれば、の話だが。
その辺については、ヒカリにも情報が少なく、どっちに転ぶかは賭けになると言っていた。
人間に追われ、魔物にも追われ、どっちの仲間にもなれずに
「ハヤク ニンゲンニ ナリターイ」的な生活だけは勘弁願いたい。
だからといって、このままで死んでしまうかも知れないので、あまり悠長なことも言っていられない。
病院があればな・・・。
そもそもこの世界の生活レベルが分からないので、病院があったとしても治るかは微妙な訳だが。
すべてが謎に満ちた世界。
もし人間に出会えたとしても、
「この薬草をすり潰して患部に塗ってから、神に祈りを捧げるのだ」などと言われたら、確実に死ぬ自信がある。
現代人とは、それほどまでに弱いのだ。
相変わらず左腕は痛むし、今後を考えると魔石を喰うことは最良とは言えないかも知れないが、現時点では、最善策だと自分に言い聞かせる。
――変に時間があるから悩むんだよな
そう思って、ヒカリに魔石があとどれくらいで出来るかを確認する。
『今現在、魔素の充填は終わっていまして、いつでも魔石を生み出せる状態です。ただ付与する能力と、魔石の形について、最良のものを計算しています。時間にすると後15分で出来ると思います』
「15分か・・・」
実はこの世界に来てから、時計を見なくなった。
そもそも必要性がないのもそうだが、携帯電話を持ち歩かなくなったのが一番大きな理由だ。
それに現在の時刻については、ヒカリに聞いても分からないと言われるからだ。
ヒカリによると、1日が24時間かどうか分からないので、時刻の表し方が分からないとの事だった。
短い時間とは言え、時計のない生活をすると時間感覚がおかしくなる。
だが、時間を大まかにしか捉えないのが、本来の生き物としての姿なのだろう。
日が昇ったら起きて、暗くなったら寝る。
それでいいのだ。
この世界でも、太陽は朝になると昇ってきて、夜になると逆方向に沈む。
昇る方角を東とするならば、沈むのは西だ。
そして太陽が沈むと夜が訪れて、月が出る。
だが、この世界の夜は意外と明るい。
なぜなら月が2つあるからだ。
しかも妙にデカい。
あの月のデカさはすごい。
あの月を見ていると、自分がひどくちっぽけに見えた。
このまま死んでしまっても、誰も気にしないくらい小さい存在だと嫌でも認識させれられる。
でも、そうは思わないようにしたい。
だって、機械とはいえ、自分を励まし助けようとしている者がいるからだ。
ヒカリは、自分自身のために俺を利用しているのかも知れない。
全くそう思わないかと言えば嘘になるが、命を救われたのは事実。
だとしたら、その恩は返さなくてはならないと思う。
――毒を食らわば皿まで
あの二つの月を見ていると、それも「仕方ない」選択だと思えた。
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