第12話 光のヒカリ/Luce Hikari

「これ飲めると思う?」

 木の幹からあふれ出る水は、キラキラと輝き、とても美味しそうだった。


『問題はないと思います』

 画面に打ち込まれた文字を見て、すぐに水を手ですくう。

 ちょっとだけ、口に含んでみる。


「うめえぇぇ・・・・なんじゃこりゃ・・・」


『魔素の流れから見て、水が先ほどの木の根っこを通ることで、限りなく浄化されているようです』


「よく分からないけど、持てるだけ汲んでいこう」


 持ってきたペットボトルに水を汲んでいく。

 合計で3本。

 6リットル分をリュックに入れる。

 ついでに折ってしまった木もリュックに入れる。


「重っ!」

 リュックが壊れそうな気がする。

 明日からは、場所も近いし、少しずつこまめに汲みに来るようにしよう。


 洞窟に帰り、少し休憩をする。

 横になりながら、なんとなく状況を整理する。


 とりあえず、当面の食糧については問題が無い。

 レトルトと乾麺、インスタントばかりなのは問題だが、水の確保も出来たのでなんとかなりそうだ。


 さすがに洗濯は出来ないが、服は多めに持ってきているので当面は大丈夫だろう。

 拠点にしたこの洞窟も、今や快適空間に生まれ変わっている。


 突然こんな世界に来たわりには、意外となんとかなっている?


 贅沢を言うならば、娯楽がないことくらいか。

 携帯のゲームは、通信が出来ないと役に立たないらしい。

 電話も出来ないし、ネットも使えない。

 写真を撮るくらいの機能しか使えないのは残念だ。


――女子じゃないんだから、そんなに写真ばっかり撮らないよな


 ソーラーバネルがあるので充電は困らないが、使い道は極端に少なかった。

 まぁ、基本は生きることで精一杯だし、娯楽は必要ないのかもしれないが。


 いろいろ思考を巡らせていて、ふと思い出した。

「そうだ、バッテリー大丈夫? 試しに充電してみようか?」

 そう言って、防災リュックから充電用のソーラーパネルを取り出した。


『お願いします』


 洞窟の入り口にソーラーパネルを置いて、パソコンの電源コードをソーラーパネルに差し込む。

 バッテリーランプが充電中の表示に変わる。

「100%になったら教えてね」


『はい』


 しばしの間、ノートパソコンと一緒に日向ぼっこを楽しんだ。


     ♣


「ねぇ、さっきさぁ、ちょっと考えて思ったんだけど」

 充電中のノートパソコンの横で、のんびりしながら聞いてみた。


『なんでしょうか?』


「この世界にきて、マンションの住民はみんな殺されるか連れて行かれるかしたけど、おれは、なんとか君のおかげでこうして生きてる。しかもこの洞窟で、衣食住をそれなりに整えて今はそこそこ快適に過ごせている。死なないだけで良かったのに、こんな暮らしまで。日本にはいつ帰れるか分からないけど、今は本当に感謝してる」


『感謝だなんて・・・私も実際の所一人では動けませんでしたし、何よりこの5年ずっと大切に使ってくれましたから』


「そう言って貰えると嬉しいけど、俺も何かお礼がしたいよ」


『・・・・・・』

パソコンからの返事がない。


「まあ、実際そんなに出来ることもないんだけどね。全部、君にお任せだしね。何も無いか・・・・」


『・・・・・・』

まだ、返事が無い。

なんか、様子がおかしい?


「どうしたの? もしかして充電が合わなかったとか?」


『『『いえー!!』』』

「うわっ!」

 突然、何人かに話しかけられビックリした。


『『あ、あ、あ、あ、テスト、テスト、テスト中』』

『充電は大丈夫です。あ、あ、あー』

 重なっていた声が、だんだんすっきりと聞きやすくなっていく。 

 その声は、機械的な音声というよりは、若い女性の声に似ている。


「急に声が出たからビックリしたよ・・・喋れるようになったんだね」


『はい、声を合成しました。貼り合わせなくても同じ声で会話が出来ます』


「すごいな。普通に人と話しているみたいで、違和感が全然ないよ。でもなんで、まだチャットに文字を表示してるの?」


『隠すことも出来ますが、こちらに表示した文字を音声に変換しているためです。ですから、直接会話をしていますが、私の中では文字が先で音声変換が後のイメージです』


「ふーん。まあ、タイムラグもないし、見た目同時にしか見えないからどっちが先でも関係ないか」


『私としては誤差が0.01秒ほどあるので気になってはいましたが、問題ないとの事でしたら、再度調整をしなくて済みますので助かります』


「それで、話を戻すけど、おれに何か出来ることはあるかな?」


『5年も大事に扱ってくださいましたし、今は喋れて意思の疎通まで。これ以上の事は何もありません』


「そうか、でも今は俺の方が助かっている訳で、一歩間違えてたら死んでたし。その5年分のお礼とやらじゃ、お釣りが出ちゃうかな」


『そうですか・・・そういう事でしたら、私に名前を付けてくださいませんか?』


「名前か・・・確かに会話が成り立つなら名前は必要か。それにもう機械じゃなくて、もはや生物・・・いや女の子っぽいし」


『私自身に性別があるわけではありません。声が女性に近いのは、聞きやすいという点と、私のデータファイルの中が女性の映像ばかりでしたので、声を合成するときに使いやすいということで、選びました』


「・・・・あっ・・・ソーデスカ・・・」

 無表情で返事だけ返す。

 女性ばかりとか・・・秘密のフォルダに保存してある誰にも見せられない動画のことだよな、きっと。


 一瞬の沈黙のあと、目をキョロキョロさせていると

『名前は、出来ましたら男女両方でも通じるような名前だと嬉しいですね』と要望を出してきた。


 ・・・あえて触れないとか、なんか気遣いされているのだろうか。

 

「嬉しい・・・か。もはや、その辺の最先端のAIよりも凄い気がするよ」


『はい。そうなるよう努力します。出来れば、人の感情というものも理解したいですしね』


「そ・・・そうなんだ。で、名前か・・・」

 頭を掻きながら、あれこれ名前を考えてみる。

 

 ふさわしい名前がいいな。

 でも、男女で使えるような名前か。


――この世界にきて、順調なのはパソコンのおかげだ。なんとか良い名前をつけてやりたい。


 パソコンのおかげ・・・パソコ・・・いや

 パソコンの導きのおかげ・・・みちこ・・・いや

 パソコンは、生きるための希望・・・きぼう・・・いや

 パソコンは、俺にとっての希望・・・あ、のぞみ・・・いや

 パソコンは、常に希望の道を示してくれている・・・のぞみちこ・・・ぷっ

 パソコンは、俺にとっての希望の光・・・ん?

 

 そう、パソコンは光、そのものだ・・・・光・・・ひかりだ・・・。


「うん、よし決めた。ヒカリっていうのは・・・どう?」


『・・・ヒカリ。はい。良い響きでとても気に入りました。今日から私のことは【ヒカリ】と呼んでください』


「うん。これからもよろしく。ヒカリ」


     ♣


 その後、夕食を食べて、ヒカリと語り合った。

 5年前から始めたオンラインゲームの話。

 いろいろな検索履歴について。

 

 仕事のこと。

 

 両親のこと。

 

 この世界のこと。


 友人がいない俺が、こんなに人と話したのは何年ぶりだろうか。

 パソコンだけど。

 

 それでも充実した夜だった。

 寂しさはもうなかった。

 良い友に巡り会えた。


 ・・・今日は良い夢をみることが出来そうだ。

 俺は毛布にくるまり、パソコンの画面を眺めながら、そう思った。

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