第11話 ミートソースとツヤツヤの木/Salsa di carne e albero lucido

 翌朝、ノートパソコンに起こされた。

『おはようございます。近くに魔物はいません。良いドロボー日和です』


「あぁ、おはよう」

 言葉が少し柔らかく砕けた感じになったように感じる。


 着替えることもないので、そのまま、リュックにノートパソコンを詰めてマンションまで歩く。


「君はパソコンだけど、寝たりしたの? 同化したとか言ってたし、機械だけど生物なんだよね?」


『生きているのかも知れませんが、実感はありません。一応、夜はスリープ状態でした』

 なんだか期待していた答えと違うような・・・


 そんなやり取りをしながら、マンションまでたどり着くと、ノートパソコンの方から質問が来た。

『本日は、何のご用ですか?』


 質問が来たのは初めてのような気もする。

 言われたことだけをする、効率よく物事を進める、そういったことは分かりやすい。

 元が機械とはいえ、やはり生きているのだろうか。

 疑問が湧いたりするのは、生き物ならではだと思うし。


 まぁ、こんな世界に飛ばされている時点で、そんなに気にしても仕方がないだろうけど。


「今日は、拠点の洞窟に、電気とか家具を置こうかと思ってね」


『そこまで気が回らず、申し訳ありません』


「いやいや・・・やめてよ。俺は君のおかげで生きていられるんだから。謝らないでよ。それに今は、君の指示がないと何も出来ないしね。君は出来る上司みたいな感じだし、これからも頼りにしてるよ」


『了解しました。精一杯、努めたいと思います』


 今日は平和だった。


 久しぶりの肉体労働で疲れたが、生活に必要なものを数点、拝借することも出来た。

 中でも一番の収穫は、キャンプ用品を手に入れられたことだ。

 簡易テント、バーベキューセット、炭、着火剤、ライター、マッチ、電池、電池式ランタン、折りたたみ机、折りたたみイス、金串、クーラーボックス、ナイフ、フォーク、食器数点、鍋、フライパン・・・上げればきりが無い。


 そして、家に戻って時に、忘れていた携帯電話と秋冬ものの着替え数点も持ち出した。


――着替えも必要だったけど、机とイスは特にうれしい収穫だったな

 ちょっとウキウキしながら、マンションから荷物を運び出す。


 結局、マンションで物色すること1時間。

 マンションと洞窟を往復して2時間。


 洞窟に荷物が増えて、自分の部屋のように落ち着く空間になってきた。

 電池式のランタンが手に入ったのでそれなりに明るく快適だ。


――これでベッドと漫画でもあればな・・・

 そう思ったが、贅沢は言わないでおこう。


 昼ご飯にパスタを茹でた。

 レトルトのミートソース味だ。

 

 贅沢を言えば粉チーズが欲しかったが、無くても涙が出るほど美味かった。

 


――両親は心配しているだろうか。会社は無断欠勤だから、やっばりクビかな。いや、家ごと消えてるんだから、それどころじゃないか・・・


 ミートソースの味で、急に日本を思い出してしまった。

 別に思い出の味という訳でもないのに。


――いやいや、やめておこう。


 今は明日をどうするかの方が重要な問題だ。

 自分にそう言い聞かせて、寂しい気持ちを覆い隠した。


     ♣ 


 昼ご飯のパスタで、水を多く消費してしまったため、午後は湧き水を汲みに行くことにした。


 パソコンと相談して、場所を確認する。

 空のペットボトルを入るだけリュックに詰めて、ノートパソコンを脇に抱える。

 ちょっと重たいけど、魔物の気配察知能力はどうしても捨てがたいので仕方ない。

 そんなに遠くないし、これくらいなら疲れもしないだろう。


 湧き水があるという場所には、歩いて3分ほどで着いた。

 そこには、両手を拡げたくらいの大きさの池の跡があった。


 いや、よく見ると水たまり程度の水は残っている。


 これがちゃんとした池なら「わーい、湧き水だー」と小躍りするものを・・・この量の水たまりじゃ、もう無いも同然だ。


「ねぇ、なんか水たまりはあるけど、汲んで持って帰れるほどの水はないよ」


『ですが、場所はこちらであっています。魔素の流れから、湧き水も確かに出ていることが確認出来ます。しかし、出てきて溜まるはずの水が、何かに吸収されてしまっているようです』


「何かに吸収?」


『はい。湧き水が出ているはずの周辺に、何か水を吸っていそうなものはありますか?』


「うーん。特に無いかな。生き物もいなさそうだし、普通に木は生えてるけど」


『その生えている木に異常なところはありませんか?』


「ただの木だけど・・・いや・・・一本だけ、小さいくせに、やけにツヤのいい木がある」


『その木に触って確かめてもらえますか?』


「えぇーっ、マジかよ・・・急に動いたり、襲ってきたりしないよね」


『はい。それはないと思います。魔物でもありませんし、大丈夫だと思います』


「まあ、仕方ないか」

 恐る恐る木に触れてみる。

 

 木に触れると、薄皮一枚隔てた木の内部にものすごい生命力が渦巻いているのがわかる。

 地中からどんどん栄養を吸い続けているのだろうか。

 触れているだけで、こちらの疲れが癒やされていくようだった。


「当たりだね。この木が全部吸ってるみたいだ」


『水の確保は、生死に関わる問題です。その木が原因ならば、その木を切ってしまうのが良いでしょうね』


「切るの? いいのかな・・・でも水は欲しいからな」


『リュックにナイフが入れてありましたが、切れますか?』


「果物とかがあったら取ろうと思って持ってきたんだけど、木は切れるかな・・・」


『他に方法がないので、一度拠点に戻ることも考えてください』


「いや、いいよ。細いし、高さも30センチくらいだからね。ナイフで軽く削って、最後は力ずくで折るよ」

 そう言って、ナイフでツヤのいい木に切り込みを入れた。


――もの凄く固い


 一気には切れそうにないので、木の真ん中あたりを、少しずつ削っていく。

 削れば削るほど、どんどん固くなっていく気がする。

 20分近くかかって、やっと半分くらいまで削ることが出来た。

 後は力ずくで折れそうだ。


 木の上部を両手で押さえて、体重を乗せる。

 さすが生命力に溢れる木。

 それでも、なかなか折れない。


――無理だ、これ


 仕方がないので、時間をかけてナイフで少しずつ削っていく。

 そして、さらに30分ほど経った頃、ようやく半分に切ることが出来た。


 切った上の部分は、何事もなかったように生命力に満ちあふれたまま生き生きとしている。

 土に根を張ったままの切り株部分は、上の木が無くなっても、まだ水を吸い続けているようで、切り口からは水がどんどん溢れ出ていた。


「凄いな・・・水道の蛇口みたいだ・・・」


 切り株からあふれ出た水は、地面にあったくぼみに溜まっていく。

 そして、ものの数分で小さな池になった。

 やはり、この木が湧き水を枯らしていた原因だったようだ。

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