第8話 続・泥棒/Ladro fantasma

 一番の部屋の探索を終えて、一つ手前の家に移動する。

 土足のまま上がり込み、まずは台所で食糧を探す。


 改めて思う。

 台所は宝の山だ。

 見つけた食糧や包丁などの調理器具を適当にまとめて、床に置いていく。


 クローゼットの中から使えそうな袋やカバンを探し、部屋中の引き出しを開けまくり、貴金属などの金目の物を探す。

 一通り探した後は、入るだけ袋に詰めて運び出す。


 いくら周囲が探知出来ているとはいえ、いちいちパソコンの画面を確認しなくてはならないので、 夢中で探している間に、取り返しの付かないことが起きる可能性はある。

 そう思うと、恐怖で焦りばかり出てしまって時間ばかりかかってしまう。


 それでも二軒、三軒と繰り返して部屋を物色していくと、案外と熟れてしまうので、物を探すスピードが上がっていった。


 必要なものに加えて、貴金属類も探して、部屋にあるカバンに詰めていく。

 カバンが一杯になったら手間だが、まとめて階段の踊り場まで持って行く。

 6階の部屋を全て確認し終えた後、廊下に出した荷物と踊り場の荷物を5階へ降ろす。


 続いて5階の部屋を見て回る。

 一番奥の部屋からだ。

 部屋に入ると、あちこちに写真が飾ってあるのが目に留まる。


 いつも怒られていた旦那さんだ。

「この部屋は、あのラブラブ若夫婦の部屋か・・・」

 彼らは、今頃どうなっているのだろうか。


 氷漬けのままでも、解凍したら生き返るということはあるのだろうか。

 例え、そうだとしても、助ける術がない。


 なんとか助けてあげたい気持ちだけはあるのだが、気持ちだけではどうしようもない。


「力が欲しいな。せめて周りの人間を守れるくらいは・・・」

 日本にいた時は、こんな事は考えもしなかった。


 警察もいるし、そもそも魔物なんていないから。

 でもこの世界では、すぐ目の前に自分を殺しに来る敵がいる。

 それが分かった以上、やはり力は必要なのだ。

 

 今なら分かる。

 単純な事なのだ。

 やられたら、やり返すだけの力は必要なのだ。


 台所で食料などを探し、適当に金目の物をまとめてカバンに詰めていく。

 だが、顔を知っている人の家はなんとなく気まずい。

 必要なものだけさっと集めて、早々に立ち去った。


 気持ちを切り替え、隣の家へ移動し、必要な物をかき集めていく。

 そして、5階の探索も終える。

 荷物を4階に移動して、4階も探索する。


 家には、思い出の品も多い。

 特に写真などが置いてあると、いたたまれない気持ちになる。

 この部屋は特にそうだった。


 部屋中に血しぶきが飛んでいて、床には大量の血が溜まっていたからだ。

 容易に想像できた。

 ここは、腕を切られていた男性家族が住んでいた家だ。

 

 おそらくは、男性は突然ドアを壊して入ってきた魔物から家族を守るために戦って腕を切られたのだろう。

 妻子が連れて行かれるのを見ながら、亡くなった旦那さんはどんな思いだったのか。

 考えても仕方が無いことは分かっていても、考えずにはいられなかった。


 もう考えるのはやめよう。

 そう思って視線を横にやると、血しぶきで真っ赤に染まった写真立てが目に留まった。

 そこには、赤ちゃんを抱えて、幸せそうに笑う夫婦が写っていた。


 あまり感傷的になるのも良くない。

 パソコンからも、そう指摘された。


 だが、そんな簡単には割り切れなかった。

 俺は、必要なものをカバンに詰めたあと、その写真も一緒にカバンに入れた。


「これはいつか、あの親子を助けられた時に渡してやろう」

 そんな事が出来るはずもない状況だったが、目標を持つことが、自分の生きる意味になるのではないかと思えた。


 単なる正義感からかも知れない。

 同情をしただけなのかも知れない。

 自分のただのエゴかも知れない。

 一人だけ助かったという罪悪感がそうさせたのかも知れない。


 でも、理由はなんでも良かった。


 明日を迎えても良いという理由が欲しかった。

 今はただの泥棒だけど、ちゃんと生きて日本に帰りたい。


 希望があるとは思えない状況だが、希望だけは捨てずにいたい。

 俺は、涙がこぼれ落ちそうになるのを我慢しながら、作業を続けていった。


     ♣

 

 その後は、ペースも速くなってきた。

 自分でも少し何かが吹っ切れたような気がした。

 部屋に入り、食糧を漁って、必要ものを次々に盗んでいく。


 3階まで降りてくる頃には、もう貴金属の置き場所は一発で分かるようになってきた。

 そして、3階の一番手前の部屋に入る。


 笑顔が可愛かった女性の部屋だ。

 普段、あまり気にしたことはなかったが、今更ながら自分はこの女性に対して好意を持っていたのだと自覚する。


 そのためかは分からないが、引き出しにあった写真をちょっと眺めたり、干してあった下着に手をかけようとしたりで、ほかの家よりも15分ほど多く時間がかかってしまった。

 結局カバンには詰めなかったが、最後の5分は下着を持って行くかどうかで、悩んでいた5分だ。


 実に勿体ない時間の使い方だった。

 だが、なんだかんだ全ての家から必要なものを運び出すことが出来た。


 食料と塩や醤油と言った調味料。

 米がほとんど持ち去られていて、無くなっていたのは予想外で残念だった。


 あとは、状態の良い包丁12本。

 貴金属類多数。

 風邪薬や胃腸薬、消毒液など救急箱から見つけた物。

 肩掛けの大きいバック多数と旅行用のスーツケース。

 自分の家からは、下着や替えの洋服、洗面用具など生活必需品。


 そのほかに、ドライバーセット、ハサミ、防災リュック、台車、ティッシュ、トイレットペーパーなども持ってきた。

 中でも台車はかなりの名案だと思ってわざわざ持ってきたが、道が舗装されていないため、マンションの外では使えなかった。


 全ての荷物をマンション一階の管理人室前まで降ろしたあとは、洞窟に荷物を運んでいく。

 何度も、何度も往復する。


 結局、全部の作業を終えたのは、午後の3時を過ぎた頃だった。

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