第5話 弱音/lamento

 疲労と恐怖で、これ以上なく息を切らしながら走る。


――ふうっ・・・よかった・・・着いた

 少しホッと息をついてから、少し大きめの木の所に身を隠した。

 荷物を下ろし、木の隙間からマンションの様子を伺う。

 

 ここなら距離もあるし、気づかれないだろう。


 やっと呼吸も落ち着いてきた。

 そのまま、息を殺しながらじっと待っていると、マンションの陰から、続々と何かがやってくるのが見えた。


――あれが、魔物? ちょっと・・・スライムみたいの期待してたかも・・・


 20匹ほどのダチョウみたいなものに、それぞれ深緑色の生き物がのっているのが見えた。

 服は着ているがボロボロで、下卑た顔をしている。

 それは魔物というより、ただの化け物だった。


 手に長めのナイフのようなものを持ち、なにやら叫んでいる。

 一応、言葉?があるようだ。

 何かをお互いに伝達しながらマンションに向かっていた。


 魔物の群れがマンションに近づき、そのうちの一匹が大声を張り上げた。

「グギギギィギギィギィィギグギギ」


 すると最後尾から小型の竜みたいなものに乗った、深緑色の奴の3倍はありそうな真っ黒な大男が現われた。

 大男は顔がゴツゴツしていて、まるで岩で出来た鬼のようだった。

 その鬼は、竜からおりて、ゆっくりとマンションに近づく。

 そしてマンションの入り口まで来ると、持っていた長い剣を高々と掲げて叫んだ。


「6/¥o d)hl)4,bcg@tg3z/wbe」


 すると、深緑色の集団は、一斉に声を上げてマンションの中になだれ込んでいった。


 数分もしないうちに、マンションの住民たちが捕らわれて出てきた。

 襲われたのだろう。

 全員、少なからず怪我をしている。


「あ、同じ階に住んでる女の人・・・」

 思わず声が漏れた。

 その人は、朝、たまに会うと優しく挨拶をしてくれる綺麗な女性だった・・・。


「上の階の夫婦も・・・」

 いつも二人でいる若い夫婦だ。

 エレベーターなどで一緒になる時は、いつも旦那さんが奥さんに怒られている。


「あっちの奥にいる女の人、赤ちゃん抱えてる・・・旦那もいたはずだけど・・・」


 連れ出された住民は一様に状況が飲み込めていないようだった。

 全員、1カ所に集められて、並んで座らされている。

 

 次から次へと、人が運ばれてきて、横に並べられる。


 暫くして、また数人が抱えられて出てくる。

 その時、運ばれて来た人を見て、赤ちゃんを抱えた女性が、突然立って走り出した。


 最後に抱えられて出て来た男性に向かって走っていく。

 直前で深緑色の化け物に止められ、泣き叫ぶ。


 おそらくは抵抗をしたのだろう。

 その男性は片腕を無くした状態で、既に亡くなっていた。


 無力感と喪失感に加えて、これまでにない状況に頭が混乱する。


 しばらくしてから、鬼の指示で一匹の深緑色の化け物がマンションに走って行った。

 その深緑色は、3分も経たないうちに戻ってきて、持っていた何かを鬼に差し出した。

 さきほどの男性の切られた腕だ。


 それを取りに行っていたようだ。


――しかしなぜ?


 その答えはすぐに分かった。

 鬼は腕をまじまじと眺めたあと、その腕を喰ったからだ。


「4je r^@wmat5.c@」


 あまりの凄惨な光景に、その場で吐いた。

 何度か吐いたあと、涙目でもう一度様子を窺う。


 そこには、捕まった人たちが、殴られ蹴られ、拷問を受けている光景が拡がっていた。

 傷だらけで動けなくなっていく人たち。

 死んではいない様子だった。

 しかし、抵抗出来る状態でもなく、ゴミのように1カ所に集められ積まれていく。


 その後ろでは鬼が、乗ってきた小型の竜になにやら話しかけている。


 話が終わったかと思うと、小型の竜の口からキラキラと光った青白い炎のようなものが吹き出す。

 炎がかかった場所が、次々に凍っていくのが見て取れる。

 竜が炎を吐き終わると、住民が全員氷付けになっていた。


 その数秒後、離れたこの場所にまでひんやりと冷気が伝わってきた。


 深緑色の集団は、凍った住民たちを急いで荷車のようなものに積んでいく。

 亡くなってしまった人間や各家庭から持ち出されたであろう食料の類いは、木の板にロープがついているだけの荷ゾリのようなものに乗せられている。


――これは助けなくていいのか?


 一瞬、頭をよぎったその考えは、パソコンには十分予測出来ていたようで、画面に目を移すと既に返答が打ち込まれていた。


『もしも、あの状況を助けようとするならば、現在のあなたが万単位の人数必要となります』


「ま、万単位って・・・」


『先ほど持ってこられた荷物の中に包丁があると思いますが、その包丁で立ち向かったとしても勝てる可能性はほぼ変わらずゼロです』


「・・・」


『このまま隠れて、彼らが帰るのをじっと待つのが得策と言えます』


「・・・・・・」


 それから30分ほどして、全員いなくなった。

 結局、俺は一歩も動かなかった。


 涙が止まらなかった。


 逃げ出せた自分はとても運が良かったと言える。

 だからこそ連れ去られた人たちの今後を考えると、胸が締め付けられる。


――でも、とりあえずパソコンには感謝をしなくては


 だが、自分が生き延びるために、諦めなくてはならないことが、これからも続くのだろうか。


 そのたびに、こんな恐怖や無力感を感じるのだろうか。


 そう思うと、身体の震えが止まらず、立ち上がることが出来なかった。


     ♣


 気持ちを切り替え、立ち上がるため、まず深呼吸をしてみた。


 気持ちを切り替え、元気を出そうと、鼻歌を歌ってみた。


 気持ちを切り替え、気合いを入れようと、自分の頬を叩いてみた。


 気持ちを切り替え、勇気を絞りだそうと、大声を出してみた。


 でも出たのは、涙だけだった。


「・・・これからどうしたらいいのだろうか」

 ノートパソコンを見つめながら、普段は決して吐かない弱音を吐いた。

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