第4話 逃避行/Fuga

 見渡す限りの草原。

 夢でも見ているのだろうか。


 いや、夢にしてはリアル過ぎる。

 差し込む朝日は眩しく暖かい。


 よく観察してみれば、右手奥には森が広がっている。

 風が流れ、鳥の鳴き声も聞こえている。


 これが夢とは思えない。


 しばし外を眺めた後、振り返って、パソコンを引き寄せて画面を覗く。

『分かって頂けましたか?』


「分かるような、分からないような。ていうか・・・ここ何処? ほかの家は何処行ったの?」


『他の家が消えたのではありません。私たちが日本から消えたのです。ここが何処であるかは私にも分かりませんが、地球上でないことは確かです』


「地球じゃないって、なに・・・・」


『そのままです。おそらく違い星か・・・違う世界に転移したものと思われます』


「でもなんで違う星とか、違う世界とか・・・パソコン? という誰か知らないけど、アナタにそれが分かるわけ?」


『そうなのですが・・・実感として分かっているのです。この世界は魔法が存在する弱肉強食の世界なのだと』


「魔法? 魔法って言った? それに弱肉って・・・恐竜時代じゃあるまいし」


『科学的には否定すべきことなのかも知れませんが、魔法と言いました。それから恐竜はともかく、弱肉強食なのは否定できません』


「何かいま、お前は弱肉側だ・・・みたいな含みを感じたけど」


『否定はできません』


「で、どうしたらいい訳?」


『最初に言いましたが、逃げることをお薦めします』


「危険が迫ってるから? それで逃げた方がいいの?」


『到着まであと7分ほどです。そろそろ急がれた方がよろしいかと』


「でも逃げるって・・・何からだよ・・・魔物か。いや魔物ってなんだよ。何か知らないけど焦ってきた・・・って、何からすりゃいいんだよ!」

 だんだん急かされている事に恐怖と不安を覚えてきて、思考が追いつかなくなってきた。


『では、普通に家を捨てて、野宿するつもりで準備してください』


「なんだよ、それ・・・」

 何が起こるかも分からないし、どうなるかも分からないが、今が緊急事態で、何か、とてつもなく面倒な事になっていることだけは理解できた。


 顔も洗わず、とりあえず急いで外に出られる格好に着替える。

 少し大きめの手提げカバンとリュックを持ち出し、適当に下着やTシャツ、タオルなんかを詰め込む。


――逃げるなら、あとは・・・食糧か!! あ、たしか防災グッズがあったはず


 何年か前に買った防災グッズ。

 使う機会なのて・・・と思っていたが役に立つときが来た。

 クローゼットに押し込んだままだったが、あれはきっと役に立つ。

 リュックにいろいろなものが入っているお得なセット。

 是非あれを持って行こう。

 あとは、適当に冷蔵庫の物とカップ麺など食糧を持てるだけ持って・・・

 これで準備・・・かんりょ・・


――大事な物を忘れてた

 少しでも調理が出来ないと、食べ物がすぐに底をついてしまう。

 缶詰を雪山に持って行って缶切りを忘れた、のび太君状態になるところだった。

 カセットコンロと携帯ガスボンベ、小さいフライパンを用意して、大きめのビニール袋に入れる。


 まだ2~3分はあるはず。

 とりあえず逃げよう。


 右肩に防災リュック、左肩に食糧を入れたリュック。

 下着など入れたデカ目の袋とコンロが入っているビニール袋。

 よし、OKだ。


 全てを抱えて、玄関へ向かう。


『ちょっ、ちょ待てよっー』

 後ろから、イケメンで知られる国民的スターの呼ぶ声がして振り返る。

 パソコンの画面には、彼が主演の大ヒットドラマの一部が再生されている。


「ん?」


『私も連れていけ!!』

 超高速でデカデカと文字が出る。


「え、そうなの? そりゃそうか・・・別に忘れてたわけじゃないよ。ほんと・・・」

 そう言って、ノートパソコンを手提げ袋に押し込み家を出る。

 

 マンションの階段を荷物を抱えて一気に駆け下りる。

 外へ出ると一面の草原。


 右手方向に森が広がっている。

 

 どっちに逃げればいいのだろうか。

 手提げ袋に押し込んだノートパソコンを少し引っ張り出し、画面が少し見える程度に開く。


『魔物はマンションの後方から来ます。右手奥の森の中で身を隠す場所を探すのが良いでしょう』


 パソコンを無造作に押し込んで、荷物を抱えて走る。

 荷物が重いし、体力がないのを改めて思い知らされる。


 でも、後方から魔物が来るというパソコンの言葉通り、後ろからは、感じたことない、異質な恐怖が迫っているのが分かった。


 恐怖で上手く走れない。

 心臓がバクバクいっている。

 呼吸が出来ない。

 走っているのに、全然前に進んでいる気がしない。

 ・・・怖い。

 

 そして、実感する。

 

 これは夢ではなく、現実なんだ・・・と。


 俺は異世界にやってきたのだと・・・。

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