君の名
彼女はゆっくりと振り向いた。
「えっと···あなたは?」
俺は、少しの間返事ができなかった。柄にもなく、彼女に見惚れてしまっていたからだ。
しばらくして、
「あ、ああ、俺は···榊だ。君が困っているのかと思って声をかけたんだけど」
「榊くん···か。あ、そうそう、確かに少し困ってたんだ。お財布落としちゃって」
「財布を?なにか探してるようには見えなかったけど··」
「あはは、なんか恥ずかしくて普通にたってるフリしちゃってたんだ。君が通り過ぎたらまた探すつもりだったよ」
「そっか、とりあえず早く見つけないとな。どんな財布なの?」
「手伝ってくれるの?」
「まぁ、自分から聞いたからにはね···」
「ありがとう!助かるよ!えっと財布はね、ボタン式の二つ折り財布だよ。水色の」
「わかった。この辺りで落としたのか?」
「わかんない…。ないのに気づいたのもついさっきだし。いま学校まで戻ってたんだ」
「学校ってもしかして情名高校?」
「え?うんそうだよ?あ、その制服···」
見れば、彼女の制服は俺の学校と同じものだった。
「まぁ、とりあえず今は財布を探そう。俺は学校から探してみるよ。君は続きからお願い」
「いいの?ありがとう!よろしくね」
ーーーー30分後···
「おーい!」
「あ、榊くん!」
「ふぅ···、これじゃないのか?君の財布って」
彼女の前まで走り、水色の財布を差し出す。
「あ!これだよ!ありがとう!見つけてくれたんだね。ちなみにどのあたりにあったの?」
「どうやら校内で落としてたみたいで、誰か職員室に届けてくれてたよ」
「そっかぁ、いつ落としたんだろ…、ぜんぜんわかんないや」
「とりあえず見つかってよかったよ、それじゃあ」
一件落着したので、俺は振り向いて立ち去ろうとする。
「あ、待ってよ!」
「ん?」
「いや、その、、お礼したいし、そこの公園で話でもしない?お金ないけど飲み物くらいは奢れるし···もちろん時間があるならだけど」
「別にいいよ。結局明日には見つかってただろうし」
「ううん、違うよ。見つかる見つかんないは別として、探してくれたことに対して、お礼がしたいんだ」
「·········じゃあ、、お言葉に甘えて···」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女はカフェオレ、俺はお茶を買ってもらった。自分で出すと言ったが、どうしても出したい!と彼女に押し切られてしまった。
なんとなく2人はベンチに座る。
「さて、改めまして。さっきはありがとう。助かりました」
「俺の方こそ、お礼なんて貰うつもりなかったのに」
「いいのいいの!こういう気持ちは受け取っとかないと!」
「ん〜、そういうもんかね···」
「そうだよ、現に私は榊くんのおかげで······。そういえば、榊くんの下の名前ってなんて言うの?」
「·········憂依··だよ···」
「憂依くん、か。···もしかして、自分の名前嫌い?」
「···まぁね、あまり名乗りたくはないかな」
「なんで?少し女の子っぽいから?」
「そうじゃない。そうじゃないけど、嫌いなんだ」
「ふーん、そーなんだ。私は好きだけどなあ」
「···え?」
「なーんか優しい響きがして、好きだよ?そんな感じしない?憂依って。君が優しいからそう感じるのかもしれないけど」
彼女の話を聞き、母のあの言葉をなぜさっき思い出したのか、少しわかったような気がした。
「···そういえば、君の名前はなんていうの?」
「私?あ、そっかごめんごめん。まだ名前言ってなかったね!」
「私の名前は、流子(るこ)。桜井 流子だよ。憂依くんと同じで、少し変わってるでしょ?」
いたずらっぽく笑う彼女。
「ルコウソウって花からとったらしいんだ。繊細な愛とか、元気、とかそんな感じの花言葉なんだって」
「へぇ、なんかそっちもそんな感じがするな」
「そうかな?」
「うん、なんとなくだけど元気って感じだ」
「ありがと、そう言われるとなんだか嬉しい」
それから2人で、たわいない話をしていた。
ーーー気づけばもう日が沈み始めていた。
「もうそろそろ帰ろうか」
「うん、そうだね。今日は本当にありがとう!また明日ね!」
手を振る桜井さんに軽く手を振り返し、俺は家に帰ることにした。
走って汗をかいたため、先に風呂に入ることにした。
体を洗い、ゆったりと湯船につかりながら、俺は桜井さんのことを思い浮かべた。
「桜井、桜井流子さん、か」
俺が嫌いな名前を褒めてくれた初めての人···
「あ、そういや何年何組か聞くの忘れてた···」
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